2006/09/22

06/09/17 神の言葉を委ねられた T

神の言葉を委ねられた
2006/9/17
ローマの信徒への手紙3:1?8
 秋篠宮家に悠仁親王が産まれ、天皇の後継者ができたことになりますが、天皇家が皇室典範改正で世間が騒然としたのに対応したのでしょう。皇室典範改正は一次休戦になりましたが、現状のままでは天皇家は衰退してしまいます。
 男系天皇だけで皇統が絶えなかったのは側室制度があったからです。昭和天皇は女子の誕生が続き、跡継ぎに恵まれなかったので、側室を勧められたそうですが、それを断ったそうです。戦後は側室制などは論外の社会になりました。
 女性皇族は結婚をすれば皇族から離れるので、男性だけで皇族を守るのは不可能であるという「皇室典範に関する有識者会議報告書」の指摘は間違っていません。皇族に男子が産まれたのが41年ぶりだというのもその現れでしょう。
 男系天皇を主張する人たちは旧華族を皇族に復帰させ、男系天皇を守ろうとしているようですが、時代錯誤としか思えません。象徴天皇制で許される皇族の範囲は天皇と天皇と直系の宮家だけです。華族を復帰させるのは論外です
 男系天皇を主張する人たちの多くは万世一系である天皇、2000年の歴史ある皇室と主張しますが、歴史的事実と余りにも懸け離れています。「神武天皇のY遺伝子を男系皇族が受け継いでいるから男系天皇」は、科学的根拠が薄弱です。
 神武天皇が存在していたとしても、神武天皇のY遺伝子が遺伝学的に重要な意味を持つとは思えません。例えば、中央アジアの男性の7%くらいがチンギス・ハーンのY遺伝子を受け継いでいるという研究結果もあるぐらいです。
 Y遺伝子はX遺伝子に比べて小さく、情報量は非常に少ないことが知られています。Y遺伝子は人間を男性化させる遺伝子を活性化させるスイッチの役割を果たしいるだけです。男性が受け継ぐ遺伝情報は両親から半分ずつです。
 戦後育ちには天皇は日本国の祭祀を司る祭司職と説明された方が理解しやすいと思います。天照大神、卑弥呼も女性ですし、伊勢神宮の斎王も内親王が勤めていたので、古代では女性が祭祀を司っていたと思われます。男性社会になり祭祀を司る祭司職が男性、巫女が女性と役割が分担されたのではないでしょうか。
 天皇が日本国の祭祀を司る祭司職であるのならば、女性天皇が祭祀を司ってもおかしくはないはずです。国際的に見ても男系に限る王室は極少数です。平成の皇室は男女同権が相応しいと思います。皇室も時代と共に変わるべきでしょう。
 皇室典範改正論議が深まると共に、戦前の皇室を回顧する政治勢力が政治の表に出てきました。戦後教育を受けた世代の中にも復古調の人たちが意外と多くいました。憲法改正論議と皇室典範改正論議が複雑に絡み合ってしまいました。
 保守派は憲法改正を機会に天皇を国家元首にしようしていますが、危険な政治の流れだと思います。天皇を戦前の現人神にしてはいけません。日本国憲法、象徴天皇制は先の戦争で亡くなられた人たちの血で贖われた法制度だからです。
 天皇家がファッションとして受け入れられているのは構いませんが、戦前の現人神である天皇、大元帥を軍部が利用した時代に日本を戻らせてはなりません。
     
パウロは律法、割礼を神から選ばれた民の徴として誇っているユダヤ人に対し、神様の御心を行う者が神に選ばれた民であると主張しましたが、ユダヤ人からは『善が生じるために悪をしよう』とも言えるのではないかと誹謗中傷されました。
 パウロは信仰義認、「信仰によってのみ救われる」立場からユダヤ人と異邦人とは区別されないと主張しましたが、ユダヤ人が特別な民であることを否定したのではありません。ユダヤ人に神の言葉、十戒が委ねられてきた歴史的な事実を指摘しています。モーセがシナイ山で唯一の神から十戒を授けられた時に交わしたシナイ契約は、『あなたを主とする』、『イスラエル民族は主の民となる』は、永遠に有効であると主張しています。ユダヤ人の中にいかに律法を守らない者、不誠実な者がいたとしても、神様は真実な方、誠実な方であるから神様と交わされた契約は決して無効にされることはないとパウロは主張しているのです。
 『あなたは神の言葉を述べるとき、正しいとされ、神の裁きを受けるとき、勝利を得られる』、詩篇51篇の引用は、律法、十戒を守りぬくユダヤ人は終わりの日に勝利が得られることを確信しているパウロの勝利の宣言だと思われます。
 一方、パウロは彼を批判する者の詭弁、『私たちの不義が神の義を明らかにする』を人間の論法、議論のための議論として頭から否定しています。「人が罪を犯す、神に対して不従順になれば、神の義、神の正しさが明らかにされる機会を神に与えたことになる」、つまり「私が罪を犯したことにより神の義が明らかにされた」のだからは「神は私を罰することはできない」という論理構成です。
 この論法に従えば「神の正しさが人間の行いによって証明される」ことになりますが、「神は創造主、唯一の主であるのだから被造物に過ぎない人間の行いにより左右されることは決してあり得ない」とパウロは主張しているのです。詭弁を弄する者に対するパウロの反論は生ける主に対する絶対的な信頼から来ています。ユダヤ人ならば唯一の神に対して疑問を抱くことは許されないからです。『善が生じるために悪をしよう』は論理として既に破綻しているからです。
 パウロが手紙を書き送っているローマの信徒の中にはギリシア哲学に影響されている人たちもいたのでしょう。論理をもてあそぶ人たちもいたのかも知れません。その様な人たちに対して、パウロはユダヤ人の中には神様に対して不誠実な者もいたかも知れないが、神の言葉を委ねられた点においてユダヤ人は神に選ばれた民であったと主張しています。神の選びはユダヤ人だけに救われる権利を与えたのではなく、ユダヤ人に神の言葉、律法を守る責務を与たのです。
 神様がユダヤ人を見捨て去られたのは、神の言葉を聞く機会を異邦人に与えるためであり、異邦人がユダヤ人を教会に導くときが来るとパウロは確信していました。パウロはユダヤ人同胞の救いを切実に願っていましたが、ユダヤ人の神に選ばれた民、選民である意識が彼らを福音から遠ざけていました。人間の論法、詭弁を弄し、教会が宣べ伝えている福音を誹謗中傷する者もいました。
 自らの犯した罪を見つめる勇気のない者は、詭弁を弄して自らを欺くだけではなく、他人をも欺いてしまいます。例え、彼らはこの世を欺くことができたとしても、生ける主から罰を受けるのは当然であるとパウロは主張しているのです。
 ユダヤ人は律法を羊皮紙にヘブライ語で書き残しました。先祖代々文字で書かれた律法、聖書を伝えてきた特殊な民族です。古代社会ではユダヤ人だけが一神教です。ユダヤ人だけが信仰を文字で書き記し、それを現代まで伝えてきました。
 他の民族は多神教でした。原始的な信仰、アニミズムでは、霊や魂を信じ、魂が人から人へ、死者から生者へと移り住むことを信じていました。シャーマン、祭祀を司る祭司職や、呪術師、巫女のような職業も生じてきました。
 シャーマンは世襲されるか、霊媒、占いなどの特殊な能力を持つものがなります。神殿娼婦も豊饒の神々の霊力を男性に伝えるシャーマンでした。祭祀を司る儀式は口伝えで伝えられます。教義を書き記した聖典は存在しません。
 神道はアニミズムです。天皇はシャーマンですし、巫女もシャーマンです。神道には教義がないと神社本庁が認めているぐらいです。旧約聖書に出てくるバアル、アシュタロテ、モレクなどの豊饒の神々もアニミズムと考えられます。
 それに対して律法はヘブル語の一点一画をも忠実に書き写した羊皮紙が各地にある会堂に保存されていました。信仰を文字で書き記し、子孫に伝えることと唯一の主に対する信仰、一神教とは相互に影響し合っているのかも知れません。
 神を顕す名は、『神の名をみだりに唱えてはならない』ので現代に残された羊皮紙では神の名は主と書き換えられていますが、ヤーウェと呼ばれていたのではないかと考えられています。それほど忠実に律法は守られてきたのです。
 神の名が書き記された事実は、唯一の神、ヤーウェを人間を越える存在ではあるが、人格を持った存在だと捉えていたからです。アニミズムのように霊や魂など人格を持たないものを祀るのではなく、具体的な唯一の神を祀ったのです。
 アニミズムは偶像を礼拝します。世界各地からは豊饒の神々の像が発掘されています。芸術作品は偶像崇拝の名残です。偶像礼拝は人間の本能的な欲求です。出エジプトの旅の中でアロンが金の子羊を造り、民がそれを拝んだぐらいです。
 イスラエル、ユダヤ人の歴史は偶像礼拝との闘いの歴史でした。遊牧民がカナンの地に定着したのですから土地の神々、豊饒の神々の影響を受けます。ユダヤの民は唯一の神、ヤーウェを見失い、しばしば豊饒の神々に囚われました。
 ユダヤ人はヤーウェに対する絶対的な信仰を見失い、律法を形式的に論じる道を歩み始めました。信仰が律法学者の頭の中で考えられた論理で語られるようになってきたのです。生ける神に対する絶対的な信仰が失われてきたのです。
 ヘブライ人の思考にギリシア哲学の影響が加わってきました。議論のための議論をする者も出てきました。多神教的な見方、唯一の神を相対的に見る見方が教会の中にも広がってきました。詭弁が教会の中でまかり通っていたのです。
 パウロはユダヤ人の歴史的使命、神に選ばれた理由を明らかにしました。ユダヤ人は神の民としてこの世を支配するためではなく、神の言葉、文字で羊皮紙に書き記された律法を守り抜く責務を果たすために神に選ばれたのです。
 古今東西、多くの民族が存在しましたが、一神教は唯一の神ヤーウェに選ばれたイスラエル、ユダヤ民族だけでした。キリスト教もイスラム教も旧約聖書に書かれている唯一の神ヤーウェを信じる点ではユダヤ教と変わりません。旧約聖書に新約聖書、コーランを聖典として付け加えた点で異なるだけです。
 パウロは詭弁を弄する人々の論理を『善が生じるために悪をしよう』とも言える議論のための議論に過ぎないと断定しています。彼らには創造主である唯一の神ヤーウェに対する絶対的な信仰がなく、被造物である人間が相対的な信仰に置き換えたに過ぎないと反論しています。パウロはヤーウェには世を裁く絶対的な力が有り、人間の思いを超えた御方であることを明らかにしているのです。
 9.11テロから5年が経ちましたが、テロを境に世界は大きく変わりました。世界中の政治家がテロとの戦いを宣言しています。中には国内の政情が不安定な原因をテロに結びつけ、少数者を弾圧する口実に使っている指導者もいます。キリスト教とイスラム教との闘いであると主張する人は少なくありません。一神教だから妥協しない、敵を殲滅するまで闘う一神教は怖いという風潮があります。
 アメリカはヨーロッパから信仰の自由を求めて移民してきた人たちにより造られました。開拓農民は地上の楽園を創るためにひたすら働いたのです。「大草原の小さな家」で描かれたいるような人たちがアメリカの内陸部に今もいます。最近、旧来の長老主義、監督主義、会衆主義教会の枠に治まらない保守的な熱心主義の教会が力を持ち出してきました。同性婚反対、人口中絶反対、生命倫理に厳しい人たちは、ブッシュ大統領、ネオコン、新保守主義の支持者たちです。
 ネオコンの根底には「選民思想」があります。彼らにはアメリカは約束の地なのです。約束の地を侵したアルカイーダ、それを支持したタリバンは地上から取り除かなければならない悪なのです。ブッシュ大統領はキリスト教文化である民主主義をイスラム教国に強制しているので、自爆テロが治まらないのです。
 西欧が植民地獲得競争に走る以前は、ヨーロッパとオリエントは共存していました。エルサレムでもユダヤ教徒とイスラム教徒がモザイク状に住んでいたようですが、1949年イスラエル共和国が建国宣言をして、アラブ人をエルサレムから追い出したのです。ユダヤ人には2000年間待ちこがれた約束の地でしょうが、アラブ人には全く関係のない話です。さらにエルサレムはイスラム教の聖地でもあります。イスラエル共和国とイスラム教国との妥協のない闘いが始まりました。
 アメリカの経済を支配しているのはユダヤ人です。西欧諸国は心情的にユダヤ人を支持する傾向があります。律法には『寄留の民を虐げてはならない』とありますが、現実は正反対です。唯一の神を信じるユダヤ人とアラブ人、キリスト者が殺し合っているのです。非宗教の日本人からすれば理解できない現状です。
 「唯一の神の裁きを待つために、殺戮し合っている」としか思えません。コーランにもユダヤ教徒やキリスト教徒と仲良くしなさいと書いてあるそうです。主は『自分自身を愛するように、隣人を愛せよ』と言われました。日本人から見れば、三者三様、頭に血が上っているとしか思えません。生ける唯一の神に総てを委ねる信仰に立ち帰ることが必要です。平和を誰もが望んでいるからです。
 私たちの日常生活の中でも、お互いの利益が複雑に絡み合い、解きほぐすことができなくなることがあります。その様なときには頭を冷やし、主の元に立ち帰り、主の視線から現実を見直してみましょう。意外と予期しなかった解決策が見つかるときがあります。私たちはお互いに裁き合うことを止めましょう。『他人を裁きながら自分自身を罪に定めている』からです。裁かれるのは主だからです。

2 Comments:

Anonymous 匿名 said...

お前らにとってイエスは現人神だから天皇陛下を愚弄するんだろう。
かつて大日本帝国が天皇陛下の名においてアジアで蛮行を働いたのならば、かつてキリスト教徒は、エホバたイエスとか言う神の名において南北アメリカのアステカ、インカ文明を滅ぼした。人類に与えた損害は明らかにお前たちキリスト教徒の方が上だ。どうして大日本帝国ばかりが非難されて、お前たちキリスト教が非難されないのだ。理由は簡単だ。天皇は非暴力で平和主義であるがゆえに世界を滅ぼす力などないが、キリスト教の神は絶対であるがゆえに世界を滅ぼすほどの力を持つ。だからお前は怖いんだろ?エホバに逆らったら、殺されるから。所詮キリスト教徒の信仰など、それこそ権力者に脅されて従った民衆以下だ。せいぜい神さまにおねだりデモするんだな。このカルトが。

12:21 午前  
Anonymous 匿名 said...

お前らにとってイエスは現人神だから天皇陛下を愚弄するんだろう。
かつて大日本帝国が天皇陛下の名においてアジアで蛮行を働いたのならば、かつてキリスト教徒は、エホバたイエスとか言う神の名において南北アメリカのアステカ、インカ文明を滅ぼした。人類に与えた損害は明らかにお前たちキリスト教徒の方が上だ。どうして大日本帝国ばかりが非難されて、お前たちキリスト教が非難されないのだ。理由は簡単だ。天皇は非暴力で平和主義であるがゆえに世界を滅ぼす力などないが、キリスト教の神は絶対であるがゆえに世界を滅ぼすほどの力を持つ。だからお前は怖いんだろ?エホバに逆らったら、殺されるから。所詮キリスト教徒の信仰など、それこそ権力者に脅されて従った民衆以下だ。せいぜい神さまにおねだりデモするんだな。このカルトが。

12:21 午前  

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