2006/11/27

06/11/26 割礼を受ける前に義とされる T

割礼を受ける前に義とされる
2006/11/26
ローマの信徒への手紙4:9?12
 犯罪としか思えないじめを受けて自殺する子供が後を絶ちません。不当な金銭要求は恐喝罪、強要罪です。 身体的特徴をあげつらえば侮辱罪、名誉棄損罪です。さらに暴力を振るえば暴行罪ですし、ケガを負わせれば傷害罪が成立します。
 学校が事態を把握していたケースでも放置されていたケース、適切な措置が施されなかったケースも少なくありません。自殺者が出てもいじめを続ける子供もいるようです。学校、地域は犯罪行為に対して厳格に対処する必要があります。
 アメリカでは学校内のルール違反に対して例外なく厳しい処分を科すことによって秩序を取り戻したケースが少なからずあるそうです。子供の犯罪行為は言うに及ばず、ルール違反をしたら例外なく厳しい処分を科すことが肝心です。
 日本では教師の教育的配慮、言葉を換えれば放任主義が蔓延しています。厳しく生徒を指導したら親が怒鳴り込んでくる場合も少なくないようですが、ルール違反に対するペナルティをはっきりさせ、例外を設けないことが大切です。
 教師が親の恫喝、時には生徒の恫喝に怯えてしまっては教育は出来ません。彼らは子供の人権を振り回しますが、他者に迷惑を及ぼすような権利は誰にもありません。教師が恫喝から逃れるためには例外なき処分に徹底することが肝要です。
 子供の時に犯罪を見逃されれば、子供の犯罪行為はエスカレートしていきます。犯罪行為をゲーム感覚で楽しむようになりかねません。非行、犯罪の芽は早い内に摘み取らなければ、際限もなく成長して本当の犯罪者になりかねません。
 いじめは加害者と被害者を分断します。被害者と加害者の立場がある日突然逆転しかねません。加害者の子供は常に加害者の立場を守るために様々な策略を巡らしますが、教師や学校が子供の策略に惑わされれば事態の把握が遅れます。
 客観的に見れば何でもないことが、事件の渦中にいると見えなくなるのでしょう。教師、学校の対応が余りにもお粗末にしか見えないことがしばしばです。岡目八目かも知れませんが、自殺者が出たケースは防げたケースだと感じます。
 教育現場にいる教師からすれば、いじめの問題は端から見る程単純な問題ではないのでしょうが、教師、学校が賞罰を決める原理原則を子供に際限なく譲ってしまい、対応不能になってしまったケースが余りにも多いように感じられます。
 教師の体罰を始めとして教師が子供を叱れば問題にされる風潮が子供を甘やかした面もあると思います。親が子供を躾けることができなくなり、躾を学校に期待し、勉強は塾でさせるという風潮が子供を増長させた原因かも知れません。
 いじめは何時の時代のどこの社会にでもついて回る問題ですが、学校でのいじめには逃げ口がありません。引きこもりも許されない社会では子供が逃げ込む場所がありません。登校拒否も自己防衛の手段ならば許されてしかるべきです。
 今回の事件で明らかにされたのは、教育委員会から文部科学省に上げられた報告ではいじめによる自殺は7年間で0件でした。いじめ、登校拒否の数を減らすのが校長の評価に繋がりますので、隠蔽体質が横行し、子供を犠牲にしたのです。
 パウロはユダヤ人の信仰の父、アブラハムが義とされたのはユダヤ人に律法が与えられた時から500年以上も前であることを論証しました。律法、十戒は預言者モーセが出エジプトの旅の中でシナイ山で生ける主から授けられました。アブラハム契約はシナイ契約よりも500年以上も前の出来事なのです。ユダヤ人は律法がユダヤ人を義としてくれると信じていましたが、その矛盾を指摘したのです。
 さらに、パウロはユダヤ人が主の民の徴として誇る割礼がユダヤ人を義とする徴であることにも反証を加えました。パウロは主が『私はあなたをカルデアのウルの地から導き出した主である。私はあなたにこの土地を与え、それを継がせる』と約束された時、 アブラハムにカナンの地を与えられた時にアブラハムは神の召しに応じましたが、彼が割礼を受けたのはそれから14年も後のことです。
 アブハムが99歳の時に主はアブラハムとの間で『あなたはアブラムではなくアブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである。私との間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたちの男子は総て割礼を受ける。これが私とあなたたちとの間の契約の徴となる』との契約を交わされたからです。
 信仰の父、アブラハムの信仰が義と認められたのは割礼が施される14年前であり、律法が授けられたのはそれから500年後のことです。パウロの論理は非常に単純なものですが、聖書に基づいて論証しているのでユダヤ人にも反論のしようがありません。アブラハムが義と認められたのは信仰によるのであり、アブラハムの信仰とユダヤ人が誇りにする割礼、律法との間には関係がありません。
 神様に信仰が義と認められるのは割礼を受けたユダヤ人だけに与えられる恵みではなく、割礼のない者、異邦人にも与えられる恵みであるという主張は、ユダヤ人の神の民、選民としての誇りを真っ正面から否定するものでした。ユダヤ人の誇り、アイデンティティは割礼と律法でした。ユダヤ人は割礼を受けた者を選民、神の民として、割礼を受けない者を異邦人として明確に差別化しました。
 ユダヤ人は割礼を受けない者は割礼を受けない限り義とされないと見なしますが、信仰の父アブラハムは割礼を受けないままで義とされたのです。アブラハムは『割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして割礼の徴を受けた』からです。割礼は信仰により義とされる必要条件ではなく、十分条件なのです。
 パウロはアブラハムが『割礼のないままに信じる総ての人の父となり、さらに割礼を受けた者の父となるだけではなく、アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父ともなった』と指摘しました。 ユダヤ人が割礼、律法を信仰により義とされる必要条件と考えたところに彼らの誤りがあったのです。
 割礼を受けていることは義とされる必要にして十分な条件にはならないのです。信仰が義とされる必要条件なのですが、アブラハムは義とされた結果として割礼の徴を受けたのです。信仰が義とされる必要条件となり、義とされた徴として割礼を受けたのが十分条件なのです。ユダヤ人は信仰が必要条件であることを忘れ去り、割礼、律法の遵守が必要にして十分な条件だと勘違いしたのです。
 パウロはユダヤ人の特権を完全に否定しましたが、ユダヤ人が神様から選ばれた事実を否定したのではありません。神様がユダヤ人との間に契約を結んだ理由、割礼、律法を遵守させた理由はイエス様をこの世に遣わすための準備のためです。
 ユダヤ人には割礼のあるなしはユダヤ人であるか否かの分岐点でした。例えばユダヤ人の血を引こうが唯一なる神を信じていようが割礼を施されていない人間はユダヤ人ではありませんでした。ユダヤの会堂に入ることは許されず、過越の食事にも与ることはできませんでした。エルサレム神殿にも異邦人の庭までしか入ることは許されませんでした。割礼の施されていない人間は異邦人なのです
 ユダヤの男性は生まれて8日目に割礼を施されました。異邦人がユダヤ教に改宗するためにはバプテスマを受け、神殿に犠牲を献げ、割礼を施さなければなりませんでした。割礼はユダヤ人のアイデンティティであり、国籍を記したパスポートでもありました。ユダヤ人の割礼に対する拘りは日本人の常識を越えます。
 ユダヤ人はローマ帝国内に会堂を中心として彼らだけの共同体を造っていましたが、エルサレムが陥落してからは祖国を失った流浪の民となり、世界各地に散らされました。ユダヤ人は世界各地で様々な民族の血と混ざり合いました。イスラエル共和国の公用語はヘブライ語ですが、100近い言語が話されています。
 ユダヤ人である定義は母親がユダヤ人であり、割礼を施されたユダヤ教徒であることだそうです。彼らは律法に忠実な生活を送っていますが、割礼が施されておらず、律法を守らない異邦人に対しては差別感情を抱いているようです。ユダヤ人には神から選ばれた特別な民、選民であるという意識が強く、その徴が割礼であり律法なのです。抽象的な信仰ではなく、具体的な徴である割礼なのです。
 唯一の神が求められているのは信仰ですが、ユダヤ人は割礼に拘り、信仰を見失っていたのです。真のユダヤ人は唯一の神を信じる者であるはずですが、肉体に割礼を受けている者が神の民、ユダヤ人であると勘違いをしていたのです。主の大いなる約束に与れるのは肉体的なユダヤ人だけであると信じていたのです。
 パウロはユダヤ人の勘違いを問い糺したのです。唯一の神の祝福に与れるのは信仰の父アブラハムのように生ける主を無条件で信頼し、主に総てを委ねられる信仰を持つ者だけなのです。ユダヤ人がアブラハムの子孫としてアブラハムと主との間に取り交わされた契約に与れるか否かは彼らの信仰に架かっているのです。アブラハムの祝福を受け継ぐのは肉の子孫ではなく信仰の子孫なのです。
 ユダヤ人はイエス様を救い主とは認めていません。彼らの理解する救い主は栄光のメシアであり、十字架の上で死なれるようなことはあり得ないのです。『木に架けられて殺される者は汚れる』からです。ユダヤ人の流浪の民であった2000年間は神様から見捨て去られた2000年間でしたが、彼らは2000年もの間信仰を保ち続けたのです。ユダヤ人の一途な信仰が主に選ばれた理由かも知れません。
 ユダヤ人が信仰を失わなかった理由の一つは割礼と律法の遵守にあると思います。具体的な信仰の徴にはユダヤ人を纏める力があったのです。歴史上、ユダヤ人は迫害を受け続けましたが、約束の地カナンを求めながら放浪の旅を続けたのです。シオニズム運動によるイスラエル建国で主との約束が実現されたのです。
 しかし、ユダヤ人の具体的な徴を求める信仰、割礼と律法を遵守する信仰が唯一の主に対する信仰を妨げたげたのです。ユダヤ人は信仰の目的と結果とを取り違えてしまったのです。むしろ異邦人の方が割礼や律法に囚われない点で生ける主を信頼し、生ける主に総てを委ねる信仰に目覚め易かったのかも知れません。
 ユダヤ人の形に拘る信仰、割礼や律法を遵守する信仰は生ける主に対する信仰を妨げる方向にユダヤ人を導きました。イエス様の時代には割礼を受けることが唯一の神に対する信仰の必要にして十分な条件になってしまっていたのです。
 ユダヤ人は割礼を誇り、無割礼の者を軽蔑しました。割礼がユダヤ人と異邦人との間の障壁になりました。割礼のある者は救われ、割礼のない者は救われないというのがユダヤ人の常識でした。唯一の神に救われるのは割礼を受けたユダヤ人だけでした。ユダヤ教はユダヤ人だけの民族宗教の範囲に留まっていました。
 しかし、イエス様の福音はユダヤ人の偏狭な宗教観を根本から破壊したのです。パウロは律法や割礼のあるなしが救いの条件にはならないことを論証しました。パウロの異邦人伝道の前提は主の福音が割礼や律法の遵守から解放されている点にありました。キリスト教がユダヤ人の民俗宗教から世界宗教に脱皮したのです。
 教会は割礼や律法の遵守から脱しきれないユダヤ人教会と割礼や律法から自由にされた異邦人教会とに分かれていましたが、パウロがエルサレム使徒会議で両者を和解させました。エルサレム陥落でユダヤ人教会は地上から消滅しました。
 救いの歴史は主がアブラハムを召し出し、彼と彼の子孫とを祝福された時から始まったのです。主は15年後にアブラハムに割礼を受けさせ、500年後にモーセに律法を与えられたのです。2000年後にイエス様を地上に遣わされたのです。
 アブラハムからイエス様までの2000年の間信仰が保たれたのは割礼、律法に負うところが大きかったのですが、イエス様が登場なされてからは割礼、律法の存在理由も薄れました。むしろ弊害の方が大きくなってきたのです。ペテロもコルネリウスの回心で異邦人の救いに目覚め、パウロは異邦人伝道者となりました。
 4世紀に入り、コンスタンティヌス帝によりキリスト教が公認されました。ローマ帝国では福音宣教が自由になり、教会も公認されました。イエス様の世界宣教命令が具体的な形を取りだしたのです。やがてキリスト教がローマの国教となり、ペテロの伝統を守り続けるカトリック教会が唯一絶対の権威を持ちました。
 16世紀に宗教改革が始まりプロテスタント教会ができました。カトリック教会の形骸化した信仰に抗議したのです。カトリック教会は伝統に拘り、聖遺物、聖人など聖書に根拠のない伝統を教会に取り込み、信仰が堕落していたからです。
 信仰の歴史は信仰が形骸化する危険性を明らかにしています。信仰が形骸化する、信仰の覚醒運動、預言者の悔い改めや教会のリバイバル運動が起きるの繰り返しがユダヤ人の歴史であり、教会の歴史なのです。『ユダヤ人は徴を求め、ギリシア人は知恵を探しますが』、人間は具体的な徴を探し求めるものなのです。
 私たちも徴を求める信仰に陥る場合があります。礼拝出席などが目的となり、御言葉との出会いを軽んじる場合も出てきます。礼拝に出席することは大切ですが、それよりも大切なのは信仰を保ち続けることです。日本では礼拝出席を妨げる勢力はありませんが、かつてはその様な時代があり、その様な国もあるのです。
 信仰はいつも新鮮でなければならないのです。形骸化してはならないのです。生ける御言葉との交わりの中で信仰を覚醒し続けなくてはならないのです。教会は日々新たに改革され続けなくてはならないのです。信仰生活は立ち止まったならば下降線を辿ります。主の御国を目指して歩み続けなくてはならないのです。
 

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