2006/11/27

06/11/26 割礼を受ける前に義とされる T

割礼を受ける前に義とされる
2006/11/26
ローマの信徒への手紙4:9?12
 犯罪としか思えないじめを受けて自殺する子供が後を絶ちません。不当な金銭要求は恐喝罪、強要罪です。 身体的特徴をあげつらえば侮辱罪、名誉棄損罪です。さらに暴力を振るえば暴行罪ですし、ケガを負わせれば傷害罪が成立します。
 学校が事態を把握していたケースでも放置されていたケース、適切な措置が施されなかったケースも少なくありません。自殺者が出てもいじめを続ける子供もいるようです。学校、地域は犯罪行為に対して厳格に対処する必要があります。
 アメリカでは学校内のルール違反に対して例外なく厳しい処分を科すことによって秩序を取り戻したケースが少なからずあるそうです。子供の犯罪行為は言うに及ばず、ルール違反をしたら例外なく厳しい処分を科すことが肝心です。
 日本では教師の教育的配慮、言葉を換えれば放任主義が蔓延しています。厳しく生徒を指導したら親が怒鳴り込んでくる場合も少なくないようですが、ルール違反に対するペナルティをはっきりさせ、例外を設けないことが大切です。
 教師が親の恫喝、時には生徒の恫喝に怯えてしまっては教育は出来ません。彼らは子供の人権を振り回しますが、他者に迷惑を及ぼすような権利は誰にもありません。教師が恫喝から逃れるためには例外なき処分に徹底することが肝要です。
 子供の時に犯罪を見逃されれば、子供の犯罪行為はエスカレートしていきます。犯罪行為をゲーム感覚で楽しむようになりかねません。非行、犯罪の芽は早い内に摘み取らなければ、際限もなく成長して本当の犯罪者になりかねません。
 いじめは加害者と被害者を分断します。被害者と加害者の立場がある日突然逆転しかねません。加害者の子供は常に加害者の立場を守るために様々な策略を巡らしますが、教師や学校が子供の策略に惑わされれば事態の把握が遅れます。
 客観的に見れば何でもないことが、事件の渦中にいると見えなくなるのでしょう。教師、学校の対応が余りにもお粗末にしか見えないことがしばしばです。岡目八目かも知れませんが、自殺者が出たケースは防げたケースだと感じます。
 教育現場にいる教師からすれば、いじめの問題は端から見る程単純な問題ではないのでしょうが、教師、学校が賞罰を決める原理原則を子供に際限なく譲ってしまい、対応不能になってしまったケースが余りにも多いように感じられます。
 教師の体罰を始めとして教師が子供を叱れば問題にされる風潮が子供を甘やかした面もあると思います。親が子供を躾けることができなくなり、躾を学校に期待し、勉強は塾でさせるという風潮が子供を増長させた原因かも知れません。
 いじめは何時の時代のどこの社会にでもついて回る問題ですが、学校でのいじめには逃げ口がありません。引きこもりも許されない社会では子供が逃げ込む場所がありません。登校拒否も自己防衛の手段ならば許されてしかるべきです。
 今回の事件で明らかにされたのは、教育委員会から文部科学省に上げられた報告ではいじめによる自殺は7年間で0件でした。いじめ、登校拒否の数を減らすのが校長の評価に繋がりますので、隠蔽体質が横行し、子供を犠牲にしたのです。
 パウロはユダヤ人の信仰の父、アブラハムが義とされたのはユダヤ人に律法が与えられた時から500年以上も前であることを論証しました。律法、十戒は預言者モーセが出エジプトの旅の中でシナイ山で生ける主から授けられました。アブラハム契約はシナイ契約よりも500年以上も前の出来事なのです。ユダヤ人は律法がユダヤ人を義としてくれると信じていましたが、その矛盾を指摘したのです。
 さらに、パウロはユダヤ人が主の民の徴として誇る割礼がユダヤ人を義とする徴であることにも反証を加えました。パウロは主が『私はあなたをカルデアのウルの地から導き出した主である。私はあなたにこの土地を与え、それを継がせる』と約束された時、 アブラハムにカナンの地を与えられた時にアブラハムは神の召しに応じましたが、彼が割礼を受けたのはそれから14年も後のことです。
 アブハムが99歳の時に主はアブラハムとの間で『あなたはアブラムではなくアブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである。私との間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたちの男子は総て割礼を受ける。これが私とあなたたちとの間の契約の徴となる』との契約を交わされたからです。
 信仰の父、アブラハムの信仰が義と認められたのは割礼が施される14年前であり、律法が授けられたのはそれから500年後のことです。パウロの論理は非常に単純なものですが、聖書に基づいて論証しているのでユダヤ人にも反論のしようがありません。アブラハムが義と認められたのは信仰によるのであり、アブラハムの信仰とユダヤ人が誇りにする割礼、律法との間には関係がありません。
 神様に信仰が義と認められるのは割礼を受けたユダヤ人だけに与えられる恵みではなく、割礼のない者、異邦人にも与えられる恵みであるという主張は、ユダヤ人の神の民、選民としての誇りを真っ正面から否定するものでした。ユダヤ人の誇り、アイデンティティは割礼と律法でした。ユダヤ人は割礼を受けた者を選民、神の民として、割礼を受けない者を異邦人として明確に差別化しました。
 ユダヤ人は割礼を受けない者は割礼を受けない限り義とされないと見なしますが、信仰の父アブラハムは割礼を受けないままで義とされたのです。アブラハムは『割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして割礼の徴を受けた』からです。割礼は信仰により義とされる必要条件ではなく、十分条件なのです。
 パウロはアブラハムが『割礼のないままに信じる総ての人の父となり、さらに割礼を受けた者の父となるだけではなく、アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父ともなった』と指摘しました。 ユダヤ人が割礼、律法を信仰により義とされる必要条件と考えたところに彼らの誤りがあったのです。
 割礼を受けていることは義とされる必要にして十分な条件にはならないのです。信仰が義とされる必要条件なのですが、アブラハムは義とされた結果として割礼の徴を受けたのです。信仰が義とされる必要条件となり、義とされた徴として割礼を受けたのが十分条件なのです。ユダヤ人は信仰が必要条件であることを忘れ去り、割礼、律法の遵守が必要にして十分な条件だと勘違いしたのです。
 パウロはユダヤ人の特権を完全に否定しましたが、ユダヤ人が神様から選ばれた事実を否定したのではありません。神様がユダヤ人との間に契約を結んだ理由、割礼、律法を遵守させた理由はイエス様をこの世に遣わすための準備のためです。
 ユダヤ人には割礼のあるなしはユダヤ人であるか否かの分岐点でした。例えばユダヤ人の血を引こうが唯一なる神を信じていようが割礼を施されていない人間はユダヤ人ではありませんでした。ユダヤの会堂に入ることは許されず、過越の食事にも与ることはできませんでした。エルサレム神殿にも異邦人の庭までしか入ることは許されませんでした。割礼の施されていない人間は異邦人なのです
 ユダヤの男性は生まれて8日目に割礼を施されました。異邦人がユダヤ教に改宗するためにはバプテスマを受け、神殿に犠牲を献げ、割礼を施さなければなりませんでした。割礼はユダヤ人のアイデンティティであり、国籍を記したパスポートでもありました。ユダヤ人の割礼に対する拘りは日本人の常識を越えます。
 ユダヤ人はローマ帝国内に会堂を中心として彼らだけの共同体を造っていましたが、エルサレムが陥落してからは祖国を失った流浪の民となり、世界各地に散らされました。ユダヤ人は世界各地で様々な民族の血と混ざり合いました。イスラエル共和国の公用語はヘブライ語ですが、100近い言語が話されています。
 ユダヤ人である定義は母親がユダヤ人であり、割礼を施されたユダヤ教徒であることだそうです。彼らは律法に忠実な生活を送っていますが、割礼が施されておらず、律法を守らない異邦人に対しては差別感情を抱いているようです。ユダヤ人には神から選ばれた特別な民、選民であるという意識が強く、その徴が割礼であり律法なのです。抽象的な信仰ではなく、具体的な徴である割礼なのです。
 唯一の神が求められているのは信仰ですが、ユダヤ人は割礼に拘り、信仰を見失っていたのです。真のユダヤ人は唯一の神を信じる者であるはずですが、肉体に割礼を受けている者が神の民、ユダヤ人であると勘違いをしていたのです。主の大いなる約束に与れるのは肉体的なユダヤ人だけであると信じていたのです。
 パウロはユダヤ人の勘違いを問い糺したのです。唯一の神の祝福に与れるのは信仰の父アブラハムのように生ける主を無条件で信頼し、主に総てを委ねられる信仰を持つ者だけなのです。ユダヤ人がアブラハムの子孫としてアブラハムと主との間に取り交わされた契約に与れるか否かは彼らの信仰に架かっているのです。アブラハムの祝福を受け継ぐのは肉の子孫ではなく信仰の子孫なのです。
 ユダヤ人はイエス様を救い主とは認めていません。彼らの理解する救い主は栄光のメシアであり、十字架の上で死なれるようなことはあり得ないのです。『木に架けられて殺される者は汚れる』からです。ユダヤ人の流浪の民であった2000年間は神様から見捨て去られた2000年間でしたが、彼らは2000年もの間信仰を保ち続けたのです。ユダヤ人の一途な信仰が主に選ばれた理由かも知れません。
 ユダヤ人が信仰を失わなかった理由の一つは割礼と律法の遵守にあると思います。具体的な信仰の徴にはユダヤ人を纏める力があったのです。歴史上、ユダヤ人は迫害を受け続けましたが、約束の地カナンを求めながら放浪の旅を続けたのです。シオニズム運動によるイスラエル建国で主との約束が実現されたのです。
 しかし、ユダヤ人の具体的な徴を求める信仰、割礼と律法を遵守する信仰が唯一の主に対する信仰を妨げたげたのです。ユダヤ人は信仰の目的と結果とを取り違えてしまったのです。むしろ異邦人の方が割礼や律法に囚われない点で生ける主を信頼し、生ける主に総てを委ねる信仰に目覚め易かったのかも知れません。
 ユダヤ人の形に拘る信仰、割礼や律法を遵守する信仰は生ける主に対する信仰を妨げる方向にユダヤ人を導きました。イエス様の時代には割礼を受けることが唯一の神に対する信仰の必要にして十分な条件になってしまっていたのです。
 ユダヤ人は割礼を誇り、無割礼の者を軽蔑しました。割礼がユダヤ人と異邦人との間の障壁になりました。割礼のある者は救われ、割礼のない者は救われないというのがユダヤ人の常識でした。唯一の神に救われるのは割礼を受けたユダヤ人だけでした。ユダヤ教はユダヤ人だけの民族宗教の範囲に留まっていました。
 しかし、イエス様の福音はユダヤ人の偏狭な宗教観を根本から破壊したのです。パウロは律法や割礼のあるなしが救いの条件にはならないことを論証しました。パウロの異邦人伝道の前提は主の福音が割礼や律法の遵守から解放されている点にありました。キリスト教がユダヤ人の民俗宗教から世界宗教に脱皮したのです。
 教会は割礼や律法の遵守から脱しきれないユダヤ人教会と割礼や律法から自由にされた異邦人教会とに分かれていましたが、パウロがエルサレム使徒会議で両者を和解させました。エルサレム陥落でユダヤ人教会は地上から消滅しました。
 救いの歴史は主がアブラハムを召し出し、彼と彼の子孫とを祝福された時から始まったのです。主は15年後にアブラハムに割礼を受けさせ、500年後にモーセに律法を与えられたのです。2000年後にイエス様を地上に遣わされたのです。
 アブラハムからイエス様までの2000年の間信仰が保たれたのは割礼、律法に負うところが大きかったのですが、イエス様が登場なされてからは割礼、律法の存在理由も薄れました。むしろ弊害の方が大きくなってきたのです。ペテロもコルネリウスの回心で異邦人の救いに目覚め、パウロは異邦人伝道者となりました。
 4世紀に入り、コンスタンティヌス帝によりキリスト教が公認されました。ローマ帝国では福音宣教が自由になり、教会も公認されました。イエス様の世界宣教命令が具体的な形を取りだしたのです。やがてキリスト教がローマの国教となり、ペテロの伝統を守り続けるカトリック教会が唯一絶対の権威を持ちました。
 16世紀に宗教改革が始まりプロテスタント教会ができました。カトリック教会の形骸化した信仰に抗議したのです。カトリック教会は伝統に拘り、聖遺物、聖人など聖書に根拠のない伝統を教会に取り込み、信仰が堕落していたからです。
 信仰の歴史は信仰が形骸化する危険性を明らかにしています。信仰が形骸化する、信仰の覚醒運動、預言者の悔い改めや教会のリバイバル運動が起きるの繰り返しがユダヤ人の歴史であり、教会の歴史なのです。『ユダヤ人は徴を求め、ギリシア人は知恵を探しますが』、人間は具体的な徴を探し求めるものなのです。
 私たちも徴を求める信仰に陥る場合があります。礼拝出席などが目的となり、御言葉との出会いを軽んじる場合も出てきます。礼拝に出席することは大切ですが、それよりも大切なのは信仰を保ち続けることです。日本では礼拝出席を妨げる勢力はありませんが、かつてはその様な時代があり、その様な国もあるのです。
 信仰はいつも新鮮でなければならないのです。形骸化してはならないのです。生ける御言葉との交わりの中で信仰を覚醒し続けなくてはならないのです。教会は日々新たに改革され続けなくてはならないのです。信仰生活は立ち止まったならば下降線を辿ります。主の御国を目指して歩み続けなくてはならないのです。
 

06/11/19 まことの契りを結ぶ M

2006年11月19日 瀬戸キリスト教会聖日礼拝
まことの契りを結ぶ     ホセア書2章18_25節
讃美歌 11,338,247
堀眞知子牧師
神様の御命令により、淫行の女ゴメルを妻としたホセアには、イズレエル、ロ・ルハマ、ロ・アンミの3人の子供達が与えられました。ところがゴメルは、ホセアと3人の子供達を捨てて愛人の下へ行ってしまいました。夫を離れて愛人に走るゴメルの姿は、そのまま北イスラエルの姿を表しています。ホセアは「告発せよ、お前たちの母を告発せよ」という言葉で語り始めます。それは法廷を意識した言葉です。3人の子供達の母ゴメル、それは同時に北イスラエルでした。自分の妻を告発するホセアと、御自分の民であるイスラエルを告発する神様が、共に法廷に立っています。ホセアは「彼女はもはや私の妻ではなく、私は彼女の夫ではない」と訴えますが、それは同時に「イスラエルは、もはや私の民ではなく、私はイスラエルの神ではない」という神様の訴えです。「彼女はもはや私の妻ではなく、私は彼女の夫ではない」という訴えは、離婚訴訟の形をなしていますが、ホセアの心からゴメルへの愛が消えたのではありません。愛しているけれども訴えざるをえない、ホセアの苦しみがあります。それは同時に神様のイスラエルに対する思いです。契約違反であるがゆえに「イスラエルは、もはや私の民ではなく、私はイスラエルの神ではない」と宣告せざるをえない、それでもイスラエルを愛し続けている神様の思いです。「彼女の顔から淫行を、乳房の間から姦淫を取り除かせよ」これは異教の神々の飾り(いわゆるお守りのような物)を取り除くことですが、イスラエルが、この神様の御言葉を聞いて、立ち帰ることを待っておられます。けれども、イスラエルが背き続けるなら、罰を下さざるをえません。「さもなければ」神様はホセアを通して宣告します。「さもなければ、私が衣をはぎ取って裸にし、生まれた日の姿にして、さらしものにする。また、彼女を荒れ野のように、乾いた地のように干上がらせ、彼女を渇きで死なせる。私はその子らを憐れまない。淫行による子らだから。その母は淫行にふけり、彼らを身ごもった者は恥ずべきことを行った」
続いて、ゴメルの姿を通してイスラエルの罪が述べられます。第1の罪は、ゴメルが「愛人達について行こう。パンと水、羊毛と麻、オリーブ油と飲み物をくれるのは彼らだ」と語っているように、愛人達を追い求めたことです。それは異教の神々を追い求めた、イスラエルを表しています。ゴメルは自覚を持って愛人達の下に走りました。彼女は自分が必要とする物すべてを与えてくれるのは愛人達だ、という間違った認識によって彼らの下に走りました。そこで判決が下されます。「それゆえ、私は彼女の行く道を茨でふさぎ、石垣で遮り、道を見出せないようにする。彼女は愛人の後を追っても追いつけず、尋ね求めても見出せない」ゴメルは愛人達の後を追うけれども追いつけないし、彼らを訪ね求めても見出すことができません。そこで初めてゴメルは「初めの夫のもとに帰ろう、あの時は、今よりも幸せだった」と言います。
第2の罪は、ゴメルとイスラエルの無知です。ホセアは語ります。「彼女は知らないのだ。穀物、新しい酒、オリーブ油を与え、バアル像を造った金銀を、豊かに得させたのは、私だということを」ゴメルもイスラエルも、必要な物すべてを与えてくれているのは、夫ホセアであり、神様であることを知りませんでした。神様はイスラエルに約束の地カナンを与え、その地の実りを与えて下さいました。異教の神々バアル像を造るための金銀さえ、神様から与えられた物でした。しかも知らなかったのは、単純に無知であったからでもなければ、知らされていなかったからでもありません。申命記7章に記されていたように、神様はモーセを通してイスラエルに対して「これらの法に聞き従い、それを忠実に守るならば、私は先祖に誓った契約を守り、慈しみを注いで、あなたを愛し、祝福し、数を増やす。あなたに与えると先祖に誓った土地カナンで、あなたの身から生まれる子と、土地の実り、すなわち穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油など、それに牛の子や羊の子を祝福する」と約束されました。穀物、新しい酒、オリーブ油は契約に定められた賜物でした。御自分の民イスラエルに対する、神様の愛の現れでした。そこで判決が下されます。「それゆえ、私は刈り入れの時に穀物を、取り入れの時に新しい酒を取り戻す。また、彼女の裸を覆っている、私の羊毛と麻とを奪い取る。こうして、彼女の恥を愛人達の目の前にさらす。この手から彼女を救い出す者は誰もない。私は彼女の楽しみをすべて絶ち、祭り、新月祭、安息日などの祝いを、すべてやめさせる。また、彼女のぶどうといちじくの園を荒らす。『これは愛人達の贈り物だ』と、彼女は言っているが、私はそれを茂みに変え、野の獣がそれを食い荒らす」無知には、すべての賜物を取り上げるという罰が下されます。
第3の罪は忘却です。ホセアを通して神様は宣告されます。「バアルを祝って過ごした日々について、私は彼女を罰する。彼女はバアルに香をたき、鼻輪や首飾りで身を飾り、愛人の後について行き、私を忘れ去った」ゴメルは自分の思いのままに愛人の下に走り、夫ホセアを忘れました。イスラエルも異教の神々を追い求めて、まことなる神様を忘れました。この忘却は記憶喪失とか、いわゆる物忘れではありません。契約に基づく夫婦の関係、契約に基づく神様とイスラエルの関係、契約に基づく義務と責任、それらを忘れ去ったのです。いわゆる不倫を犯す人々は、自分達が結婚していることを全く忘れ去ってしまっているのではありません。結婚していることは覚えていながら、結婚に伴う義務や責任を忘れているのです。ゴメルは愛人達を、イスラエルは異教の神々を追い求めることによって、まことの関係に対して不誠実でした。そこで判決が下されます。けれども、この判決は罰を科すのではなく、約束に変えられています。「それゆえ、私は彼女をいざなって、荒れ野に導き、その心に語りかけよう。その所で、私はぶどう園を与え、アコル(苦悩)の谷を希望の門として与える。そこで、彼女は私に応える。おとめであった時、エジプトの地から上ってきた日のように」エジプトで奴隷生活を強いられていたイスラエルが、助けを求める叫び声を上げた時、神様は叫び声を聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされて、救いの御手を伸ばされました。モーセを指導者として召し出され、エジプトの地から約束の地カナンへと導き上られました。荒れ野の旅は、決して楽な生活ではありませんでした。イスラエルは何度も不平不満を口にしました。けれども荒れ野において「十戒」を与えられ、試練を通して彼らの信仰は鍛えられたのです。イスラエルは、もう一度、荒れ野の旅を経験することによって、アコルの谷が希望の門として与えられます。アコルの谷はヨシュア記7章に記されていましたが、カナン侵入において、イスラエルは敵を滅ぼし尽くしてささげるように、神様から命じられていました。けれどもアカンは自らの欲望に囚われて、敵の分捕り品であった金銀などを自分の物にしました。そこで全イスラエルは、神様の御命令に反したアカン一族を殺しましたが、その場所がアコルでした。苦悩の谷が、新たなる希望の門へと変えられるのです。
約束の判決を語った後「その日が来れば」という言葉で始まる、イスラエルに対する約束が語られます。神様の罪の告発と裁き、そして祝福の約束は、表裏一体なのです。今お読みいただきましたように「その日」という言葉が3回繰り返されています。「その日」とは未来であり、現在の裁きの向こうにあって、神様の救いの御業が明らかにされる日です。第1に、その日が来れば、神様とイスラエルの間に、正しい結婚関係が再び築かれます。イスラエルは神様を「我が夫」と呼び、もはや「我が主人(バアル)」とは呼びません。神様は、カナンの地にある、あらゆるバアルの名を、イスラエルの口から取り除かれます。イスラエルは偶像バアルから、完全に離れます。もはやバアルの名が唱えられることはありません。神様とイスラエルの関係が、夫と妻の関係として示され、契約に基づく深い交わりが、再び明らかにされます。
第2に、その日には、神様がイスラエルのために、野の獣、空の鳥、土を這うものと契約を結ばれます。弓も剣も戦いもこの地から絶ち、彼らを安らかに憩わせられます。神様はイスラエルと、とこしえの契りを結ばれます。神様がイスラエルと契りを結び、正義と公平を与え、慈しみ憐れまれます。その契りは、まことの契りです。そしてイスラエルは、まことなる神様を知るようになります。21,22節に「私は、あなたととこしえの契りを結ぶ」「私は、あなたと契りを結び」「私はあなたとまことの契りを結ぶ」というように「契りを結ぶ」という言葉が3度繰り返されています。神様のイスラエルに対する、深くて強い愛情が現れています。契りを結ぶことによって、新しい秩序と平和がもたらされます。イスラエルはまことの神様を知ります。もちろん今まで、イスラエルがまことの神様を知らなかったのではありません。むしろ神様の宝の民として、諸民族の中から選ばれ、神様を知らされているにもかかわらず、異教の神々に走っていました。その日には知識としてではなく、生きた人格的な交わりとして、イスラエルはまことの神様を知ります。
第3に、その日が来れば、神様御自身が「私は応える」と言われます。イスラエルが神様の愛に応えることにより、神様は天に応え、天は地に応えて、必要な雨を降らせ、光を注がれます。地は、穀物と新しい酒とオリーブ油を生み出すように応え、豊かな地の実りが与えられます。神様とイスラエルの関係が回復し、新たな契約関係の中に生きることにより、創造主である神様の御命令によって、すべての被造物が応えます。神様の怒りによって名付けられた、ホセアの3人の子供達の名前が祝福の名前に変わります。イズレエルは大量殺人の場所、流血の場所ではなく「神が種を蒔く」という元の意味を取り戻します。前回も申しましたように、イズレエルはカナンにあっては平野の広がった場所であり、肥沃な土地でした。神様が約束の地カナンに、イスラエルを種として蒔かれます。神様の宝の民としての地位を取り戻します。神様はロ・ルハマ(憐れまれぬ者)を憐れむ者(ルハマ)とされ、ロ・アンミ(我が民でない者)に向かって「あなたはアンミ(我が民)」と言われます。神様との間に新しい契約が結ばれ、イスラエルは「我が神よ」と応えます。
この25節は、ペトロの手紙一2章10節に引用されています。2章9節からお読みします。「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れて下さった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。あなたがたは『かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けている』のです」キリスト者は第1に「選ばれた民」であり、第2に「王の系統を引く祭司」であり、第3に「聖なる国民」であり、第4に「神のものとなった民」です。私達に、このような4つの呼び名が与えられているのは、私達の力によるのではありません。ただ神様の恵みと憐れみによるものです。さらに、このような呼び名が与えられている私達には、義務と責任が伴います。教会は「あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れて下さった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるため」に召し出された者の群れです。このように申しますと、義務と責任を負わされているように感じられ、何かしら重たい気分になるかもしれません。けれども私達もまた、2000年の教会の歴史の中に加えられました。2000年の教会の歴史の中で生きてきた人々が皆、優れた能力を持った信徒だったのではありません。むしろ名もない、市井の目立たない人々がほとんどです。さらに初代教会には、多くの奴隷がいました。未亡人や若い婦人達もいました。当時の奴隷は「命ある道具」であって、人間ではありませんでした。未亡人は、この世的には何の力ももっていませんでした。女性達は、つい最近まで公的な権利は与えられていませんでした。そのような、世にあっては力のない人々によって、教会は建てられ、保たれ、2000年の時を経て、この瀬戸の地まで宣べ伝えられてきました。その背後には、神様の御手が働かれていました。世にあっては力のない人々を用いて、神様が福音を伝え、暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れて下さったのです。同じ神様の御手が、私達の上にも働かれています。このままの私達を、神様が福音の伝道者として用いて下さいます。
さらに私達は異教の地に住んでいます。キリスト者人口は1%にも満たない日本において、神様の奇しい御業によって、キリスト者として召し出されました。ペトロが2000年前に語ったように、私達は「かつては神の民ではなかったが、今は神の民であり、憐れみを受けなかったが、今は憐れみを受けている」者の群れです。以前、東京神学大学教職セミナーに参加した時、アメリカの教会から宣教師として遣わされた教授が、日本へと向かう時、先輩の牧師から「君は2000年前のローマに遣わされるようなものだ」というふうなことを言われた、と語られました。そういう意味では、ペトロが手紙を書いた時代と、今の日本は同じような状況です。特に瀬戸キリスト教会の信徒の多くは、クリスチャンホームの生まれではありません。私自身も、神棚と仏壇のある家庭で育ちました。まことの神様を知りませんでした。家の近くにカトリック系の幼稚園があり、そこに通うことになって、初めてイエズス・キリストという名前を知りました。カトリック系だったので、毎朝「イエズス様、マリア様、ヨセフ様」と言ってお祈りしました。神様、仏様以外の存在を知りました。けれども、それから信仰を与えられるまで30年近い歳月を必要としました。神様の憐れみと恵みによって、神様の民として召し出され、2000年の教会の歴史の中に、主イエスの再臨の日まで続く教会の歴史の中に加えられました。感謝以外のなにものでもありません。神様は私達一人一人に「私は、あなたととこしえの契りを結ぶ」「私はあなたとまことの契りを結ぶ」と約束して下さっています。この恵みに感謝し「我が神よ、我が主よ」と応える群れとして、瀬戸キリスト教会の歩みを整えていただきましょう。

2006/11/13

06/11/12 アブラハムは義とされた T

アブラハムは義とされた
2006.11.12
ローマの信徒への手紙4:1_8
 腎臓売買事件が起きた徳洲会病院で、万波医師が病気で摘出された腎臓を移植したケースが数十件もあることが明らかにされました。万波医師は「捨てる腎臓を有効に利用して何が悪い」と主張していますが、常識的に考えるならば生体移植が可能な腎臓ならば摘出する必要があったのかという疑問が湧いてきます。
 マスコミは医療倫理に反する行為だと万波医師パッシングに走っていますが、レシピエント、移植を受けた患者のコメントが報道されていません。腎臓移植は人工透析を受けているレシピエントを機械から解放する究極の治療です。QOL、生活の質を高めるために手段を尽くすのも医者の使命なのかも知れません。
 医療関係者のコメントは確かに正しいのですが、人工透析で苦しんでいる患者の苦痛に対する配慮が感じられません。腎臓を移植しなくても人工透析を受ければ生きていくことができるという主張は患者の生活の質を無視した主張です。
 万波医師は「脳死移植、生体移植に継ぐ第三の道だ」と主張していますが、レシピエントが充分なインフォームドコンセントを受けてなされた手術ならば、第三者が口を挟む問題ではありません。一方、腎臓を摘出する過程において医療倫理にもとる医療行為がなていないかを第三者機関で検証する必要があります。
 日本の医師の世界は保守的です。批判はするがリスクは負わないのが彼らの習性です。万波医師はその様な学会に愛想を尽かしたのだと思いますが、医師の原点である医療倫理に対する配慮が疎かにされていた側面は否定できません。
 例えば、ガンを除去した腎臓を移植すればガンが再発する危険性は高くなります。特に免疫抑制剤を服用していればその確率はかなり高くなるでしょう。それでも、例えば、高齢者などでリスクを伴う手術をあえて望む人もいるでしょう。
 医師の倫理としては病腎移植は避けるべきなのでしょうが、臨床医の立場からすれば別の医師の倫理が成り立つのかも知れません。廃棄される腎臓を求めて瀬戸内ネットができているくらいですから、万波医師を支持する臨床医もいます。
 腎臓移植の第一線に立つ医師の判断をマスコミや医事評論家の感情論ではなく、客観的な事実を積み上げて検証する必要があります。医師は患者の利益を優先しますが、それが他の患者の利益を犯すものであってはならないからです。
 腎臓を治療のために必要のないのに摘出されたと訴える人もいますが、マスコミに踊らされている証言のような気もします。廃棄される腎臓でも移植して欲しいという患者の声には、健康な人間には分からない切実なものがあるのでしょう。
 臓器移植は究極の医療ですが、日本では移植できる臓器の数が限られています。脳死者からの臓器提供はニュースになるぐらい少ないですし、生体移植もドナーにリスクを負わせるだけではなく、後遺症が出てくる場合も少なくないようです。
 素人判断ですが、廃棄された臓器が有効に活用されるのならば、倫理委員会で審査を受けたケースに限って臓器移植を認めても良いのではないでしょうか。第三者の原則論では解決できない問題が今回の事件の裏にはありそうだからです。
 神様はアブラハムを祝福の基、源とされる約束を彼に与えられましたが、アブラハムに神様に義とされる功績があったからではありません。神様の約束は律法による義に基づくものではなく、信仰による義に基づくものであったからです。
 神様はアブラハムやその子孫、イスラエル民族、ユダヤ人に世界を受け継がせることを約束なされましたが、この約束がユダヤ人の選民意識、ユダヤ人が神様から特別に選ばれた民であるという意識をユダヤ人に植え付けたのです。アブラハムが主に選び分かたれた事実こそユダヤ人が主の民、選民である根拠でした。
 アブラハムはハランからカナンの地に入り、その子イサクと共に定住しました。イサクの息子ヤコブは飢饉に遭いましたが、息子ヨセフの招きによりエジプトの地に逃れました。400年に渡るエジプトの地での生活では民の数が増え、イスラエル民族が形成されましたが、エジプトにイスラエルに対する警戒感も与えました。エジプトによる圧政がイスラエルの民を苦しめました。その時にモーセが出現し、イスラエルの民をエジプトの苦役から逃れさすために出エジプトの旅に民を導き出しました。その旅の中でモーセと神様との間で結ばれたのがシナイ契約です。「神を唯一の主とし、イスラエルの民、ユダヤ人は主の民となる」、付帯条件として「主の律法を主の民である徴として守り抜く」契約を結んだのです。
 『アブラハムは神を信じた。それが神に義と認められた』のであり、律法を遵守した報酬として義とされたのではありません。律法がイスラエルの民に与えられたのは、アブラハムの召命から500年以上も後の出来事だからです。さらに、労働の対価として支払われるのは報酬であり、形のない恵みではありませんが、『不信心なものを義とされる方を信じる人は、働きがなくてもその信仰が義と認められる』のです。人が義とされるのは信仰であり働きとは無関係なのです。
 ユダヤ人には『信仰により義とされる』論理は理解しがたいものでした。彼らは『行いにより義とされる』ことを信じていたからです。パウロは信仰の父アブラハムを不信心な者の中に加えていますが、彼らの理解とは相容れない主張です。ユダヤ人はアブラハムを律法を遵守した理想的な人間、信仰の父として崇めていますが、律法を与えられていないアブラハムが律法を遵守することは不可能であったからです。「神の前で義ではあり得ない人間、無価値でしかない人間が神の前で義とされ、立つことが許される」、信仰の逆説がパウロの福音なのです。
 ダビデ王もユダヤ人の理想の王でした。ダビデ王は必ずしも主の御心に沿った生活を送っていた訳ではありませんでしたが、預言者ナタンに罪を指摘されると真剣に悔い改める王でもありました。主の憐れみを最も激しく求めたのです。
 『不法が赦され、罪が覆い隠された人々は幸いである』はダビデ自身の体験に基づいています。人間が律法を犯してしまうことはしばしばありますが、主は人間の罪を許し、人間の罪を拭い去ってくださるのです。ダビデ王がバテシバ事件で犯した罪、従順な部下ウリアの妻バテシバとの姦淫の罪、その発覚を恐れてウリアを前線で殺させた罪はダビデ王が犯した最大の罪でしたが、神様はダビデ王を赦してくださいました。『主から「罪を犯したが」罪があると見なされない人々は幸いである』。王は自らの行いによれば主の前に立ち得ないことを自覚していましたが、その彼をも受け入れてくださった主の恵みを賛美しているのです。
 パウロは「信仰による義」を論じてきましたが、抽象論に陥ってしまいました。哲学的思考になれているギリシア人には理解できたかも知れませんが、具体的な思考に慣れているユダヤ人には理解しがたいところもありました。そこで、ユダヤ人が最も尊敬する「信仰の父アブラハム」と「理想的な王ダビデ」とを例に出して、彼らが神様の前で義とされたのは信仰によることを論証し始めました。
 パウロが論証しようとしたのは人間は神様の前で自らの行いを誇ることはできないと言うことです。アブラハムは「なぜ主を信じた」のかは分かりませんが、ただ主を信じてハランの地を旅立ちました。アブラハムを主は導きましたが、アブラハムは主に対して自らの行いを誇ったことはありません。主からの一方的なご命令にアブラハムが従順に従っただけです。主とアブラハムとの関係は直線的でした。あくまでも主が絶対的な主君であり、アブラハムは僕であったのです。
 ユダヤ人と神様との関係は双務的な関係にまで神様の位置が低下していました。彼らは行いによる義を信じていました。人間側が律法を守りさえすれば主の前に立つことができると信じていたのです。さらに律法を守る人間を主は受け入れなければならない、主は救わなければならないとまで奢り高ぶっていたのです。人間と主との関係は行いと救いを取引する商売関係にまで貶められていました。
 律法遵守する行いは主に対して功徳を積むことになり、功徳は救いを得るための貨幣となりました。救いは人間と神様との間で取引される商品となりました。律法の遵守は救いに至る道の通行手形に成り下がってしまったのです。主に対する信仰は忘れ去られ、律法が信仰の対象になってきたのです。ユダヤ人の唯一の神ヤーウェに対する畏れ、信仰はいつの間にか形だけのものに成り下がりました。
 パウロはその様なユダヤ人の信仰を痛烈に批判したのです。行いに対する報酬は義とされることはない、義とされるのは信仰によるのであると主張したのです。ユダヤ人の尊敬するアブラハムにしろ、ダビデ王にしろ、行いを主が認めたから義とされたのではない、彼らの信仰が義とされたからだと明確に論証したのです。
 パウロは行いが貨幣のように流通しているユダヤ人の現状を憂えていました。ユダヤ人が主の民であるのは主に対する信仰があるからであり、割礼と律法が与えられているからではないことを立証したのです。信仰の父、アブラハムは律法が与えられる500年以上も前に主に召し出されたからです。アブラハムはただ主のご命令に従ったのです。前途が全く分からないのに主のご命令に従ったのです。
 信仰により義とされるのはアブラハムのような信仰なのです。ユダヤ人の基準からすれば彼に律法は与えられていませんから、律法を知らないアブラハムは不信心な者に分類されますが、彼は行いがなくとも信仰により義とされたのです。
 人間は義なる神様の前に立ち得ないものですが、信仰により義とされるので立ちうるのです。人間は行いをいくら積み重ねても義とはされないのです。義、正しいは人間の判断で左右されるものではなく、神様の領域に入るものだからです。しかし、神様は神様を信じる信仰により不信心な者、罪ある者を義としてくださるのです。それは一方的な神様からの憐れみ、恵みによるものです。行いによれば神様の前に立ち得ない無価値な者が信仰により神様の前に立ちうるという逆説、人間の常識からすればあり得ないことが起きるのが福音の真理なのです。
 信仰による義は神様が主人、人間が僕である関係、垂直の上下関係です。しかも神様と人間との間には越えられない一線が横たわっているのです。人間の行いによる義は人間の世界の話であり、人間の世界を超越しておられる神様に影響を与えることはできません。人間が義とされるのは神様の愛と恵みによるしかないのです。私たちの努力や精進は人間の世界の範疇の出来事であり、神様には神様の思いがあるのです。人間を救う力は人間の側にはなく神様の側にあるのです。
 私たちは自らの想いを神様に投影してしまいますが、人は人、神は神なのです。人間は患難や試練に出会えば私たちの行いに対し罰が当たったと考えるのが常ですが、このような因果応報の世界はキリスト教の世界とは無縁なのです。パウロは『患難は忍耐を生み、忍耐は練達を生み、練達は希望を生み出す。そして希望は失望に終わることはない』と証ししていますが、パウロの努力や精進が希望に至る道を発見させたのではありません。信仰の世界は努力をすれば報われる世界とは違うのです。信仰を持てば忍耐をする力は与えられますが、忍耐をすれば必ず希望に繋がるとは限りません。失望に終わることさえ珍しくはないのです。
 例えば、心身障害者が医学の進歩で癒される場合もあります。補助器具により健康な人に近い生活を送られるようになる場合もありますが、信仰の世界に入れば障害が癒されるとは限りません。むしろ癒されることを期待して信仰の世界に入った人は失望する場合が多いでしょう。信仰は障害を癒すためにあるのではなく、どんな人生にも生きる目的があることを明らかにするためにあるからです。
 ハンセン病の療養施設にはいくつかの教会がありますが、元患者の方々は信仰を持ったからといって現状が変わったわけではありませんでした。かつて、社会から隔離され、非人間的な処遇を受け続けてきたのですが、彼らは信仰の世界に生きることにより神の国を仰ぎ見ることができたのです。生きている限り永遠に変わるとは思えなかった世界の中でも、生きる喜びを見出すことができたのです。
 信仰は現実を変える力でもありますが、変えられない現実の中でも、心の中の世界で自由に生きられる力を人間に与えるのです。いかなる権力でも肉体を殺すことはできても、魂を殺すことはできません。人間の身体は拷問に耐えられないかも知れませんが、心の中にある信仰の世界まで破壊することはできません。
 古今東西、殉教した信徒は少なくありませんが、私たちはおそらく平凡な信仰生活を送ることになるのでしょう。主は殉教をするような激しい信仰を私たちに求めてはおられないと思います。主が求められるのは与えられた環境の中で最善を尽くして生きることではないでしょうか。平和で自由で物に溢れる日本に生きる私たちに主が期待なされるのは教会を建て続け、伝道をし続けることでしょう。
 私たちは自己満足、傲慢に陥ってはなりません。人間のなす事のできうる範囲は微々たるものでしかないからです。主の思いと私たちの思いとは違うからです。主のなさる経綸は人間の理解を超えているからです。私たちは『僕、聞きます』の姿勢を崩してはならないのです。主の支配の中に私たちは生きているからです。
 主の教会は主の肢体です。私たちは主の肢体の一部として主に繋がっているのです。ブドウの実のように根から栄養が送り込まれているのです。汲み尽くすことのできない生命の水に繋がっているのです。主の生命の水に与りましょう。
   

06/11/5 神の裁きと憐れみ M     

2006年11月5日 瀬戸キリスト教会聖日礼拝
神の裁きと憐れみ     ホセア書2章1_3節
讃美歌 74,?1,422
堀眞知子牧師
今日から、ホセア書を通して御言葉を聞きます。1章1節に「ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代、イスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムの時代に、ベエリの子ホセアに臨んだ主の言葉」と記されているように、アモスと同じくイスラエルの王はヤロブアム2世であり、アモスと同じように北イスラエルで預言者活動を行いました。ただアモスは紀元前760年より前に預言者として召され、その活動期間は長くても2年と考えられています。それに対してホセアは、彼の預言の内容からして、預言者として召されたのは、ヤロブアム2世の末期である紀元前755年頃と考えられますから、2人の預言者活動が、重なることはありませんでした。と言うよりも、神様がアモスの次にホセアを預言者として召し出されたと言った方が、より正確かもしれません。そしてユダの王として、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの名前が記されていまので、ホセアの預言者活動はアモスと違って長く、30年くらいにわたったと考えられます。この間に北イスラエルはヤロブアム2世の後、サマリア陥落まで28年の間に6人の王が立ち、混乱の中にありました。アモスがヤロブアム2世の繁栄の中で、背信の民イスラエルに、近づいている神様の裁きを語ったのに対し、ホセアは混乱の時代にあって、神様の裁きと神様の憐れみによる回復を語りました。さらにホセアの預言者活動の特徴は、彼自身の私生活、その結婚生活、家庭生活を通して語られました。
神様がホセアを預言者として召された、その最初の言葉は「行け、淫行の女をめとり、淫行による子らを受け入れよ。この国は主から離れ、淫行にふけっているからだ」というものでした。この命令から考えて、ホセアは比較的若い時、いわゆる結婚適齢期に、預言者として召されたと考えられます。ホセアは、ディブライムの娘ゴメルと結婚しました。淫行の女と言われていますので、ゴメルは不品行な女性であったようです。ヤロブアム2世の曾祖父であるイエフは、シドンの王女であり、アハブの妻であったイゼベルが、北イスラエルに持ち込んだバアルを滅ぼし去ったのですが、ベテルとダンにある金の子牛を退けることはなく、偶像礼拝の罪から離れることはありませんでした。ヤロブアム2世も、神様の目に悪とされることを行い続けました。国の指導者が信仰的に堕落すれば、民の信仰も堕落します。カナンの宗教であったバアル信仰は、地の実りの豊かさを願う宗教であり、それは子供が多く生まれることを求めるがゆえに、性的不品行を伴っていました。まことの神様から離れたイスラエルは、性的にも乱れていました。ゴメルは結婚前から、不品行な女性でした。そのような女性と結婚するように、ホセアは神様から命じられました。ホセアは預言者として召されるような人ですから、神様の律法を守り、不品行からは遠い生活を送っていたでしょう。彼の人間的な思いからすれば、不品行な女性を妻にする気持ちはなかったでしょう。むしろ乱れた北イスラエルにあっても、信仰ある女性と結婚し、神様の律法に従った家庭を築きたい、そのように願っていたのではないかと考えます。けれども神様は、ホセアの願いに真っ向から反するように「行け、淫行の女をめとり、淫行による子らを受け入れよ」と命じられたのです。
この神様の御命令に従って、ホセアはゴメルと結婚しました。預言者として召される、それは個人の感情を捨て、ただ神様の御命令に従うことです。自分の思いに反することをも、神様の召しとして受け取り、その通りに行う。ホセアの心の中には葛藤があったでしょう。心の葛藤をも超えて、彼は預言者としての召しに応え、神様の御命令に従います。聖書には、彼の心の動きなどについては、何も記されていません。ただ神様の御命令に従って、ゴメルと結婚したことのみが記されています。ゴメルは身ごもり、男の子を産みました。神様はホセアに「その子をイズレエルと名付けよ。間もなく、私はイエフの王家に、イズレエルにおける流血の罰を下し、イスラエルの家におけるその支配を絶つ。その日が来ると、イズレエルの平野で、私はイスラエルの弓を折る」と言われました。イズレエルは土地の名前であり、イエフがアハブの妻イゼベルとその子ヨラムを殺した場所であり、アハブの子供70人の首を積み上げた場所です。また、バアルに仕える者の大量虐殺を行った場所です。神様は、イエフがアハブ家の人々を殺害したイズレエルで、イエフの王家を断つと言われました。これはヤロブアム2世の子ゼカルヤが、シャルムによって殺されることを意味しています。「その日」は北イスラエル王国の終わりを意味しています。サマリア陥落まで30年もありません。人間の目に見える歴史としては、北イスラエルはアッシリアによって滅ぼされますが、神様が「イズレエルの平野で、私はイスラエルの弓を折る」と言われたように、神様御自身が北イスラエルを滅ぼされるのです。その徴として、ホセアに子供にイズレエルと名付けるように命じられました。大量殺人の場所、流血の場所、イズレエル。子供の名前として、ふさわしいものではありませんが、ここでもホセアは神様に従い、息子をイズレエルと名付けます。
ゴメルは再び身ごもり、女の子を産みました。神様はホセアに「その子を、ロ・ルハマ(憐れまれぬ者)と名付けよ。私は、もはやイスラエルの家を憐れまず、彼らを決して赦さないからだ。だが、ユダの家には憐れみをかけ、彼らの神なる主として、私は彼らを救う。弓、剣、戦い、馬、騎兵によって、救うのではない」と言われました。北イスラエルの背信に対する、神様の厳しい裁きの言葉が語られています。神様は北イスラエルを憐れまず、決して赦さないと言われました。その一方で、北イスラエルは憐れまないが、南ユダには憐れみをかけ、彼らを救うと言われました。しかも弓、剣、戦い、馬、騎兵によって、救うのではない、と言われました。これは列王記下19章に記されていた、紀元前701年のアッシリアのセンナケリブの攻撃からの救いを預言しています。この時、ユダの王ヒゼキヤは預言者イザヤの言葉に従い、神様に寄り頼みました。神様はヒゼキヤの祈りを聞き、主の御使いがアッシリアの陣営で18万5千人を撃ち、南ユダは守られました。
ゴメルはロ・ルハマを乳離れさせると、また身ごもって、男の子を産みました。「乳離れさせると」と記されていますので、当時の習慣からして3年以上は過ぎています。神様はホセアに「その子を、ロ・アンミ(我が民でない者)と名付けよ。あなたたちは私の民ではなく、私はあなたたちの神ではないからだ」と言われました。「憐れまぬ者」と言われてから、少なくとも3年以上、神様は北イスラエルに忍耐されましたが、ついに「私の民ではない」と言われました。かつてモーセを通して「私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と言われた神様が「あなたたちは私の民ではなく、私はあなたたちの神ではないからだ」と言われました。イズレエル、ロ・ルハマ、ロ・アンミ、ホセアの3人の子供の名前に、神様の北イスラエルに対する思いが込められています。
最近は、子供の名前を付ける時、語感の響きから漢字を当てはめる方が多くなりました。高知新聞の「マイ孫」を見ると、振り仮名がなかったら、読めない名前がかなりあります。名前の響きから漢字を考えるのでしょうが、その漢字に親の願いを思わせます。響きであれ漢字の意味であれ、親は子供への願いや思いを込めて名前を付けます。イスラエルも同じです。たとえばヤコブの妻レアは「今度こそ主をほめたたえよう」と言って4番目の息子をユダと名付けました。同じくヤコブの妻ラケルは、姉レアと異なり、なかなか子供が生まれませんでした。そこで初めての息子に「主が私にもう一人男の子を加えて下さいますように」と願ってヨセフと名付けました。また2番目の息子を産んだ時、ラケルは息を引き取りますが、その直前にベン・オニ(私の苦しみ)と名付けましたが、父ヤコブはベニヤミン(幸いの子)と名前を変えました。さらにイスラエルの場合、神様が名前を付ける時もあります。アブラハムは神様から「その子をイサク(彼は笑う)と名付けなさい」と言われました。レアはユダの名前を、ラケルはヨセフの名前を、ヤコブはベニヤミンの名前を、アブラハムはイサクの名前を呼ぶことを通して、子供が生まれた時のこと、神様の御業を思ったでしょう。またユダもヨセフもベニヤミンもイサクも、自分の名前のいわれを聞かされていて、名前を呼ばれる時、そのことに思いをはせ、神様のことを思ったでしょう。
ホセアは、どうだったでしょうか。どんな思いで息子や娘の名前を呼んだのでしょうか。イズレエルと呼ぶたびに、忌まわしい流血の事件を思い起こしたでしょう。ロ・ルハマと呼ぶたびに「私は、もはやイスラエルの家を憐れまず、彼らを決して赦さない」と言われた神様の御言葉を思い起こしたでしょう。ロ・アンミと呼ぶたびに「あなたたちは私の民ではなく、私はあなたたちの神ではない」と言われた神様の御言葉を思い起こしたでしょう。北イスラエルの不信仰な姿を目の前にして、辛い思いをしたでしょう。呼ばれる子供達は、どうだったでしょうか。自分の名前の意味が分かる年頃になれば、決して心地よい思いはしなかったはずです。親を恨んだでしょうか。神様を恨んだでしょうか。それとも北イスラエルの不信仰を嘆いたでしょうか。けれどもホセアや子供達以上に、神様は辛い思いをされました。御自分の民が罪を犯す姿、御自分から離れていく姿を見続けなければなりませんでした。ホセアを召し出す1200年前に、神様はアブラハムを召し出されました。500年前にモーセを召し出され、十戒を与えられました。長い年月をかけて訓練され続けてきた民、愛し続けてきた民、御自身の宝の民とされたイスラエルが、背信の道を歩んでいるのです。エリヤ、エリシャ、アモス、ホセア、その他にも何人もの預言者を送られました。彼らを通して警告を与えてきたにもかかわらず、北イスラエルは悔い改めませんでした。ロ・アンミと呼ばざるをえない現実。1000年以上の時が虚しく思える状況。信仰的堕落への失望。非難と刑罰を語らざるをえない現実。
北イスラエルの背信に対する非難と刑罰を述べた後、ホセアは一転して、イスラエルに対する祝福を語ります。読み手である私達には理解しがたいのですが、これは預言書の特徴の一つです。しかも原文では2章1節は「そして、しかし、それゆえ」を表す接続詞で始まっています。私達には、審判と祝福が何のつながりもないままに述べられているように感じられますが、ホセアは審判と祝福を関連させて語っています。神様の裁きと憐れみは、表裏一体なのです。「あなたたちは私の民ではなく、私はあなたたちの神ではない」と宣言されて、神の民としての契約関係が破棄されたのですが、再び契約の言葉が語られます。かつてアブラハムが神様の御命令に従ってイサクをささげようとした時、神様はイサクの命を救うと共に「あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう」と約束されました。神様は、その契約を更新するように宣言されます。「イスラエルの人々は、その数を増し、海の砂のようになり、量ることも、数えることもできなくなる」そしてイスラエルに対して「『あなたたちは、ロ・アンミ(我が民でない者)』と、言われかわりに『生ける神の子ら』と言われるようになる」と約束されました。神の民であることの拒否から、一転して「生ける神の子ら」とされます。神様の祝福を受けることによって、民は現実の状況から一転します。第1に「ユダの人々とイスラエルの人々は、ひとつに集められ」ます。第2に「一人の頭を立てて、その地から上って来る。イズレエルの日は栄光に満たされ」ます。第3に「兄弟に向かって『アンミ(わが民)』と言い、姉妹に向かって『ルハマ(憐れまれる者)』と言え」る世界がもたらされます。
イズレエルは忌まわしい流血の事件のあった場所ですが、ヨシュア記17章に記されているように、カナン地方にあっては平野の広がった場所であり、肥沃な土地でした。イズレエルとはヘブライ語で「神は種を蒔く」という意味です。信仰的に堕落した土地に、もう一度、神様が信仰の種を蒔かれます。神様の大いなる御業が現されます。南ユダと北イスラエルに分裂している民が、一人の王によって結ばれ、神様の憐れみを受け、神様と共に歩む日が訪れます。神様が、そのような日が来ると約束されました。それは神様御自身が、御業を現される約束です。
神様がホセアを通して約束されたイズレエルの日は、イスラエル民族の回復の日です。しかし、新約の時代に生きる私達は、主イエス・キリストによる新しい契約の日を、ここから読み取ることを許されている、と私は考えます。最後の晩餐において、イエス様はパンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒達に与えて「これは、あなたがたのために与えられる私の体である。私の記念としてこのように行いなさい」と言われました。食事を終えてから、杯も同じようにして「この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である」と言われました。私達は、イエス様が十字架の上で流された血によって贖い取られ、神様との新しい契約関係に生きる者とされました。私達の業ではなく、神様の一方的な御業です。そして十字架の上に、神様の裁きと憐れみが現されています。神様の裁きと憐れみによって、私達は罪人でありながら「我が民」と呼ばれる者へと変えられました。この地で礼拝が守られるようになってから14年と1ヶ月が過ぎました。14年1ヶ月目にして、離れた地に住む兄弟姉妹の祈りによって、聖餐卓が備えられました。神様が一つ一つ、整えて下さっていることを思います。教会を言い表す言葉は、いくつかありますが「聖餐共同体」というのも、その一つです。教会は聖餐を共に守る群れであり、私達には聖餐を通して、兄弟姉妹と呼び合える世界が与えられています。神様の裁きと憐れみが明らかにされたイエス様の十字架、十字架の上で流された血によって結ばれた新しい契約、その記念である聖餐を重んじる群れとして、この地に立たせていただきましょう。