2007/05/06

07/05/06 我が子イスラエル M     

2007年5月6日 瀬戸キリスト教会聖日礼拝
我が子イスラエル     ホセア書11章1-4節
讃美歌 80,Ⅱ59,169
堀眞知子牧師
4-10章までホセアは、イスラエルの罪、それに対する神様の裁き、イスラエルの背信の歴史を語ってきました。11章では、そのようなイスラエルの態度とは全く対照的な神様の愛が、神様御自身によってイスラエルに語られます。イスラエルが、まだ幼かった頃、神様はイスラエルを愛されました。その愛は「イスラエルをエジプトから呼び出し、我が子とする」という形において現されました。出エジプトのできごとです。カナン地方が飢饉に陥った時、ヤコブ一族はエジプトの司政者となっていたヨセフの招きによって、エジプトに移住しました。最初の数十年間は、司政者の一族として優遇された生活を送っていましたが、やがて王朝が代わり、イスラエルは奴隷となりました。奴隷としての労働のゆえに呻き、助けを求めるイスラエルの叫び声を聞かれた神様は、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされました。そして、助けの御手を差し伸べられました。具体的にはモーセを出エジプトの指導者として召し出され、10の災いをエジプトの地で起こされ、イスラエルがエジプトを脱出できる道を開かれました。さらに荒れ野の40年の旅を守り、約束の地カナンへとイスラエルを導かれました。イスラエルを御自分の宝の民とされました。それはイスラエルの功績によるのではなく、一方的な神様の選びであり、神様の愛でした。アブラハム、イサク、ヤコブと結ばれた契約を、神様御自身が守られたのです。
そのように神様から愛され、申命記に記されていたように「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、御自分の宝の民とされた。あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」と言われ、神様の宝の民、神様の子供とされたにもかかわらず、イスラエルは神様に対して従順ではありませんでした。神様の愛に応えませんでした。契約を守りませんでした。神様は語られます。「私が彼らを呼び出したのに、彼らは私から去って行き、バアルに犠牲をささげ、偶像に香をたいた」エジプトの奴隷状態から解放し、約束の地カナンを与えたにもかかわらず、イスラエルは神様から離れ、バアルの神々に走りました。バアルの神々に犠牲をささげ、偶像にしか過ぎない神々に香をたいて、自分達の礼拝をささげました。「あなたには、私をおいて他に神があってはならない。あなたはいかなる像も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それに仕えてはならない」という神様の戒めに背いたのです。背いただけではなく、それが罪であるということに気付いてすらいませんでした。イスラエルは、かつて神様が自分達の上になされた御業を忘れ、カナンの土俗の宗教観に染まり、唯一なる神様への信仰を失ったのです。
唯一なる神様への信仰を失ったイスラエルを、神様は忍耐をもって愛されました。幼いイスラエルの腕を支え、歩くことを教えて成長させたのは、まことなる神様でした。バアルではありませんでした。イスラエルの病気や怪我を癒したのも、まことなる神様でした。バアルではありませんでした。けれどもイスラエルは、その事実を知りませんでした。いや、知ろうともしませんでした。神様は人間の綱、愛の絆でイスラエルを導かれました。「人間の綱、愛の絆」とは、父親が子供を養い、指導する愛の姿勢を表しています。イスラエルの顎から軛を取り去ることによって重荷を軽くし、神様が身をかがめて、イスラエルに食べさせました。申命記25章に「脱穀している牛に口籠を掛けてはならない」と記されているように、神様はイスラエルの口籠をはずして、親が幼児に食べさせるように、身をかがめて彼らに食べさせました。
父親が子供に接するように、幼い頃から愛し続け、養い育て、導き続けてこられた神様の愛にもかかわらず、背き続けてきたイスラエル。彼らへの罰は、エジプトの奴隷状態に帰ることではありません。もっと過酷な罰が待っていました。神様はホセアを通して語られます。「彼らはエジプトの地に帰ることもできず、アッシリアが彼らの王となる」北イスラエルは、アッシリアによって滅ぼされ、民は捕囚としてカナンからアッシリアへ連れ去られます。人間の歴史としては、アッシリアによる北イスラエル滅亡ですが、すべては歴史を支配される神様の御業です。北イスラエル滅亡とアッシリア捕囚は、イスラエルが神様に立ち帰ることを拒んだことが原因です。申命記8章には、神様が導き入れようとしているカナンの地が、いかにすばらしい土地であるかが記されています。同時に「もしあなたが、あなたの神、主を忘れて他の神々に従い、それに仕えて、ひれ伏すようなことがあれば、私は、今日、あなたたちに証言する。あなたたちは必ず滅びる。主があなたたちの前から滅ぼされた国々と同じように、あなたたちも、あなたたちの神、主の御声に聞き従わないがゆえに、滅び去る」と神様はモーセを通して警告を与えられました。この警告どおりに今、北イスラエルは滅び去ろうとしています。神様の罰は、アッシリアとの戦いと敗北、徹底的な破壊として現れます。「剣は町々で荒れ狂い、たわ言を言う者を断ち、企みのゆえに滅ぼす」北イスラエル最後の王ホシェアは、紀元前733年にアッシリアの属国となった後、731年に、アッシリアに貢ぎ物を送るようになりましたが、724年にはエジプトを頼りにして、アッシリアに反逆します。それは当然のことながら、アッシリアの怒りを買い、攻撃を受けることになります。エジプトを頼りにしましたが、エジプトは北イスラエルを助けません。結果として722年、サマリアは陥落し北イスラエルは滅亡します。神様は語られます。「我が民は頑なに私に背いている。たとえ彼らが天に向かって叫んでも、助け起こされることは決してない」北イスラエル建国以来、神様に背き続け、神様が送られた預言者の言葉にも耳を貸さなかった北イスラエル。頑なに背き続けてきたイスラエルは、今になって神様に叫んでも、助け起こされることは決してないという、神様の厳しい姿勢が宣告されました。
神様はイスラエルに対して、父親の愛をもって接してこられました。ホセアが神様の愛、父親のような愛について語る時、彼の心には自分の子供達のことがあったと考えられます。ホセアは淫行の妻ゴメルとの間に、2人の息子と1人の娘が与えられていました。ホセアへの預言者としての召しは、結婚から始まりましたから、この頃、3人の子供達は10代後半~20代になっていたでしょう。淫行の妻ゴメルに去られた後、しばらくの間、ホセアは一人で幼い子供達を育てました。3人の子供達が、どのように育っていったのか、聖書は何も記していません。けれどもホセアの預言者としての活動が、彼の家庭生活に大きくかかわっていることを考えるなら、妻ゴメルがホセアと3人の子供を捨てて他の男性の下に走ったように、3人の子供達も、ホセアの父親としての愛を忘れ、彼に背き続けていたのかもしれません。
いずれにせよ、神様は幼かったイスラエルを愛し、育まれましたが、イスラエルは背き続けてきました。ついにサマリア陥落、アッシリア捕囚という罰が、神様によって下されます。神様は背信の罪に厳しく臨まれますが、それでもなおイスラエルに対する愛を捨てられません。捨てることができません。神様は嘆きの言葉を持って、イスラエルを憐れみます。「エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか。アドマのようにお前を見捨て、ツェボイムのようにすることができようか。私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」アドマやツェボイムは、申命記29章によれば、ソドムやゴモラと共に天からの硫黄の火によって滅ぼされた町です。ソドムやゴモラは、その罪の重さゆえに滅ぼされました。アブラハムの執り成しにもかかわらず、ソドムの町には、正しい者が10人もいなかったがゆえに滅ぼされました。ソドムやゴモラと同じような罰を受けるほど、イスラエルの罪は重かったのです。神様によって宝の民とされ、まことの神様を知らされたにもかかわらず、長い間、背き続けてきました。度重なる警告を受けたにもかかわらず、ついに神様に立ち帰りませんでした。それほど重い罪を犯していても、神様はなおイスラエルを愛されていました。「お前を見捨てることができようか。お前を引き渡すことができようか」という言葉の中に、神様の苦悩が現れています。「私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」という言葉の中に、イスラエルへの捨てがたい愛と憐れみが現れています。神様には、何とかしてイスラエルを助けたいという思いがありました。
サマリアは陥落し、アッシリア捕囚の罰は下りますが、契約に基づくイスラエルへの深い愛ゆえに、神様は約束されます。「私は、もはや怒りに燃えることなく、エフライムを再び滅ぼすことはしない。私は神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者。怒りをもって臨みはしない」かつて神様は洪水の後、ノアと彼の息子達に対し約束されました。「私があなたたちと契約を立てたならば、2度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない」同じような約束が立てられます。イスラエルを再び滅ぼさない、という約束です。「私は神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者」と、人間の思いでは量りきれない、神様の深い愛と憐れみによる決意が語られています。
人間の思いでは量りきれない、神様の深い愛と憐れみによって、何が起こるのか。ホセアは語ります。「獅子のようにほえる主に彼らは従う。主がその声を上げる時、その子らは海のかなたから恐れつつやって来る。彼らは恐れつつ飛んで来る。小鳥のようにエジプトから、鳩のようにアッシリアの地から。私は彼らをおのおのの家に住まわせると、主は言われる」背き続けてきたイスラエルが、神様に立ち帰る日が来ます。神様に従って歩む日が来ます。神様が「獅子のようにほえ、その声を上げる時」イスラエルは、呼び集められて帰って来ます。「海のかなたから」とは地中海沿岸からという意味です。地中海沿岸から、エジプトから、アッシリアから、それは全世界からを意味しています。散らされていたイスラエルが、神様への畏れをもって鳥のように飛んで来ます。そして神様は「私は彼らをおのおのの家に住まわせる」と約束されました。散らされ、家を持つことなく、放浪していた民に定住の地が与えられ、それぞれの家が与えられます。それはエジプトの奴隷状態から導き出され、約束の地カナンを与えられた時と同じです。
マタイは、ヨセフが天使の命令により、幼子イエス様とマリアを連れてエジプトへ去り、ヘロデ大王が死ぬまでエジプトにとどまったことを「私は、エジプトから私の子を呼び出した」という1節の言葉が実現するためであったとしています。ヘロデ大王が死んだ後、天使の命令により、ヨセフは幼子イエス様とマリアを連れて、約束の地イスラエルへ帰って来るからです。主イエス・キリストのできごとから読むならば、私達キリスト者には「我が民は頑なに私に背いている。たとえ彼らが天に向かって叫んでも、助け起こされることは決してない」という神様の厳しい裁きの宣告にもかかわらず、11章は福音の言葉として響きます。神様は不義を赦すことはできません。赦すことはできませんが「お前を見捨てることができようか。お前を引き渡すことができようか。私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」と語られているように、イスラエルに対する愛も捨てることができません。義と愛に満ちた神様は、不義は不義として罰を与え、罰を与えた上で、イスラエルに救いの道を開かれました。イスラエルの存在は、神様の愛にかかっています。その愛は契約に基づいた愛です。感情に基づく愛なら、裏切り続ける者への愛は失われるし、捨て去ることができます。けれども御自身が立てた契約に基づく愛であるがゆえに、見捨てることも引き渡すこともできません。御自身の契約に対する誠実さゆえに、神様は激しく心が動かされ、憐れみに胸が焼かれるのです。「私は神であり、人間ではない。お前たちのうちにあって聖なる者」と御自身を語られているように、人間には思いもよらない裁きと救いの御業が現されます。
神様はエジプトから、イエス様を呼び出されました。「まだ幼かったイスラエルを私は愛した。エジプトから彼を呼び出し、我が子とした」かつてエジプトで奴隷生活を送っていたイスラエルを、神様は呼び出されました。アブラハム、イサク、ヤコブとの契約ゆえに、モーセを出エジプトの指導者として召し出され、出エジプトの道を開かれ、荒れ野の40年の旅を守り、約束の地カナンへとイスラエルを導かれました。イスラエルを苦しめたエジプトの地を、神様はイエス様の逃れの場として備えられました。ヘロデ大王が死ぬまで数年の間、イエス様はエジプトで過ごされ、神様によってイスラエルへと呼び戻されました。かつてモーセは、ファラオの束縛からイスラエルを救い出すために召し出されました。今やイエス様は、すべての人間を罪の束縛から救い出すために、神様によって地上に遣わされ、エジプトへと導かれ、さらにエジプトから呼び出されました。イエス様は父なる神様の御独り子ですから、まことの「我が子」です。まことの我が子であるイエス様を通して、私達キリスト者も、神様から「我が子」と呼ばれるのです。パウロはガラテヤの信徒への手紙の中で「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。私達の主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。大切なのは、新しく創造されることです。このような原理に従って生きていく人の上に、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように」と述べています。私達キリスト者は、主イエス・キリストの十字架による罪の贖いを信じる信仰により、主イエス・キリストに結ばれ、神様から「我が子イスラエル」と呼ばれる身分を与えられました。「我が子イスラエル」として歩む道を備えられました。この恵みを証する者として、与えられた地上の人生を終わりの日まで歩ませていただきましょう。

07/04/29 義の種、愛の実り M

2007年4月29日 瀬戸キリスト教会聖日礼拝
義の種、愛の実り     ホセア書10章11-12節
讃美歌 79,Ⅱ59,166
堀眞知子牧師
神様は、イスラエルを御自分の民として召し出され、愛し続けてこられました。9章10節に「荒れ野でぶどうを見いだすように、私はイスラエルを見いだした。いちじくが初めてつけた実のように、お前たちの先祖を私は見た」と記されていたように、神様はイスラエルを大切に扱い、愛を注いでこられました。エジプトで奴隷であったイスラエルを救い出し、約束の地カナンまで導かれ、乳と蜜の流れる地カナンをイスラエルに与えられました。イスラエルは約束の地に植えられ、勢いよく伸び、枝を張り、豊かな実を結ぶ、ぶどうの木でした。豊かな土地の実りは、神様から与えられるものです。ところが、イスラエルは国が豊かになるにつれて、異教の神々の祭壇を増し、聖なる柱を飾り立てました。神様から与えられる物質的豊かさ、経済的繁栄に反比例するかのように、イスラエルはまことの神様から離れ、偶像礼拝の罪を重ねました。ホセアは「彼らの偽る心は、今や罰せられる」と裁きの言葉を語ります。「偽る」は、ヘブライ語原文では「滑らかである、当てにならない、へつらう、二心である」という意味の言葉が使われています。口先だけで、真心の伴わないイスラエルの姿を現しています。神様が諸国の民の中からイスラエルを選び、契約を結ばれ、愛し続けられたにもかかわらず、神様にとってイスラエルは、当てにならない存在でした。表と裏の心を持っていました。契約の相手方として、ふさわしくない民でした。
神様は、人間の嘘を見抜かれる御方です。契約を守らなかった民に対して、契約不履行の罰が下されます。神様はイスラエルが築いた祭壇を打ち砕き、聖なる柱を倒されます。イスラエルは神様が与えて下さった物質的豊かさ、経済的繁栄によって、異教の神々を礼拝するための祭壇と石柱を築いていました。やがてイスラエルは、祭壇と聖なる柱が破壊されるのを見ることになります。ホセアが今日の箇所を語ったのは、おそらく紀元前731年以降と考えられます。733年にサマリア周辺を除いた地域が、アッシリアによって占領され、北イスラエルは属国となりました。731年、北イスラエルの王となったホシェアは、アッシリアに貢ぎ物を贈るようになり、表面的には少し平和になりました。けれども、サマリア陥落まで10年もありません。嵐の前の一時的な凪、それも最後の凪にしか過ぎませんでした。そのことにホシェアを始めとして、北イスラエルは気付いていません。気付いていない彼らに、ホセアは神様の裁きを語り続けます。
北イスラエルは、最初の王ヤロブアムが犯した罪、ベテルとダンに金の子牛を置き、聖なる高台に神殿を設け、レビ人でない者を祭司として立てた罪から、ついに離れることができませんでした。偶像礼拝の罪に陥った北イスラエル、罪ゆえに滅亡しようとしている北イスラエルを、救う者はいませんでした。イスラエルは「我々には王がいなくなった。主を畏れ敬わなかったからだ。だが王がいたとしても、何になろうか」と言います。イスラエルは、自分達が神様を畏れ敬わなかったがゆえに、国そのものが滅亡すること、自分達の王が自分達を救い得ないことに気付きました。「我々には王がいなくなった。主を畏れ敬わなかったからだ。だが王がいたとしても、何になろうか」というイスラエルの言葉は真実ですが、本当の意味で彼らは、まことの神様の救いに気付いてはいません。救いを与えて下さるのは、まことなる神様のみであることに目が向けられていません。ホセアは語ります。「彼らは言葉を連ね、偽り誓って、契約を結ぶ。裁きが生え出ても、我が畑の畝に毒草が生えるようだ」イスラエルは言葉を重ね、誓いを立て、契約を結びますが、それは真実ではありません。彼らは二心であって、表面的には神様に従うかのように振る舞いますが、それは本心からではありません。「裁き」という言葉を語っても、それは真実の裁きではありませんので、畑の畝に生える毒草のように、国中に不正がはびこるのです。
イスラエルは、王が自分達を救い得ないことには気付きましたが、それでもなお偶像に頼っていました。「サマリアの住民は、ベト・アベンの子牛のためにおびえ、民はそのために嘆き悲しむ。神官達がその栄光をたたえても、それは彼らから取り去られる。偶像はアッシリアへ運び去られ、大王の貢ぎ物となる」と記されているように、金の子牛はアッシリアへ貢ぎ物として持ち去られ、イスラエルは、そのために嘆き悲しみます。イスラエルは人間の無力さに気付きながらも、偶像にしか過ぎない金の子牛に希望を託していました。自分達が、むなしいものに頼っていることに気付きませんでした。いや、より正確に言えば、自分達が頼っているものがむなしいもの、信頼に足らないものであることに気付いたとしても、真に頼るべき御方が誰であるかに気付きませんでした。神様に立ち帰ることだけが救いにつながる道であり、神様のみが信頼に足る御方であることに気付く、そういう信仰的感性を失っていました。神様に立ち帰る道を見失った北イスラエル、彼らは滅亡の日を免れることはできません。サマリアは滅ぼされ、王も国民も水に浮かぶ泡のようになって、自分の力では何もなしえません。イスラエルが築いたアベンの聖なる高台、イスラエルの罪である高台は破壊され、茨とあざみがその祭壇の周りに生い茂るようになります。その時、イスラエルは山に向かい「我々を覆い隠せ」丘に向かっては「我々の上に崩れ落ちよ」と叫びます。イスラエルは、神様の裁きに耐えられなくなって、山や丘の下に埋もれることを願うようにさえなります。
イスラエルに対して、神様が罪を告発し、裁きを語られます。「イスラエルよ、ギブアの日々以来、お前は罪を犯し続けている。罪にとどまり、背く者らに、ギブアで戦いが襲いかからないだろうか。いや、私は必ず彼らを懲らしめる。諸国民は彼らに対して結集し、2つの悪のゆえに彼らを捕らえる」前回も申しましたが、ギブアの日々とは、士師記19-21章に記されている事件です。ベニヤミン族がレビ人の側女を辱めて殺しただけでなく、全イスラエルに敵対した事件です。その時からイスラエルは罪を犯し続けていました。彼らの信仰的堕落はひどく、神様の御言葉に耳を貸さないで、反抗的姿勢を取り続けました。神様はイスラエルに問い掛けるかのように「罪にとどまり、背く者らに、ギブアで戦いが襲いかからないだろうか」と語った後「いや、私は必ず彼らを懲らしめる。諸国民は彼らに対して結集し、2つの悪のゆえに彼らを捕らえる」と神様御自身が罰を下されることを宣言されます。「2つの悪」とは、かつてギブアでなされた悪と、その悪から離れることができなかったがゆえに、現在ギブアでなされている宗教的・政治的悪です。
罪から離れることのできないイスラエル。罪を犯し続けているイスラエル。まことの神様に立ち帰る道を見失ったイスラエル。けれども、神様に従って歩み続けていたなら、イスラエルは全く異なった道を歩んでいたはずです。神様はホセアを通して語られます。「エフライムは飼い馴らされた雌の子牛、私は彼女に脱穀させるのを好んだ。私はその美しい首の傍らに来た。エフライムに働く支度をさせよう。ユダは耕し、ヤコブは鋤を引く」もともとイスラエルは、飼い慣らされた雌の子牛でした。野生の牛ではありません。神様に飼い慣らされることを好む、雌の子牛でした。「私は彼女に脱穀させるのを好んだ」と語られているように、いわゆる乳牛でもなければ肉牛でもありません。畑を耕し、鋤を引く農耕用の牛でした。ホセアは「恵みの業をもたらす種を蒔け、愛の実りを刈り入れよ。新しい土地を耕せ。主を求める時が来た。ついに主が訪れて、恵みの雨を注いで下さるように」と語ります。神様は諸国の民の中から、特にイスラエルを選ばれました。選ばれたイスラエルには、神様から使命が与えられていました。「恵みの業をもたらす種を蒔け、愛の実りを刈り入れよ。新しい土地を耕せ」「恵みの業」という言葉は「正しさ、正義、神の与えられる義」を意味しています。選民イスラエルは、飼い慣らされた雌の子牛として、新しい土地を開墾し、神様の与えられる義の種を蒔き続けることを、使命として委ねられていました。義の種を蒔き続けることによって、愛の実り、義の種にふさわしい実りが与えられ、豊かな刈り入れの時が備えられるのです。イスラエルが神様を求め続け、義の種を蒔き続ける中で、神様が御業を現して下さり、豊かな実りを与える恵みの雨が注がれます。イスラエルには神様の御顔を仰いで、神様の宝の民として歩む道が備えられていました。
けれども、約束の地カナンを与えられてより約500年、イスラエルは神様の御計画とは異なる歴史を、むしろ神様の御心に反する歴史を積み重ねてきました。神様はホセアを通して語られます。「ところがお前たちは悪を耕し、不正を刈り入れ、欺きの実を食べた。自分の力と勇士の数を頼りにしたのだ」イスラエルは、与えられた新しい土地を開墾しましたが、彼らが蒔いたのは悪の種であり、刈り取ったのは不正であり、欺きの実りを日々の糧としました。イスラエルには、神様の民として、神様に信頼を置き、信仰を基盤にして国家を築く使命がありました。にもかかわらず「自分の力と勇士の数を頼りにしたのだ」と記されているように、政治や経済などの人間の力と軍事力に頼って、国家を築いてきました。人間の力に頼り、軍事力に頼る国家は、それによって滅びます。イスラエルの不信仰の結果について、ホセアは語ります。「どよめきがお前の民に向かって起こり、砦はすべて破壊される。それはシャルマンがベト・アルベルを破壊し、母も子らも打ち殺したあの戦の日のようである。ベテルよ、お前たちの甚だしい悪のゆえに、同じことがお前にも起こる。夜明けと共にイスラエルの王は必ず断たれる」「シャルマンがベト・アルベルを破壊し、母も子らも打ち殺したあの戦の日」というのが、具体的に、どの事件を指しているのかは分かりません。けれども当時のイスラエルにとっては、よく知られている悲惨な事件であったようです。その時と同じように悲惨な事件が北イスラエルを襲い、完全に滅ぼされる日が必ず来ることを、ホセアはイスラエルに預言しました。神様はホセアを通して、北イスラエルの滅亡の日を語られましたが、イスラエルの滅びを心から望まれているのではありません。イスラエルが飼い慣らされた雌の子牛として、新しい土地を開墾し、神様の与えられる義の種を蒔き続ける使命に背いたがゆえに、滅びへの道を歩まざるを得なかったのです。滅びへの道を歩み続けるイスラエルに、神様が何度も預言者を通して「私に立ち帰れ」と招かれたにもかかわらず、招きに応えなかったがゆえに、神様は裁きを下さざるを得なかったのです。
神様はホセアを通して、イスラエルに「恵みの業をもたらす種を蒔け、愛の実りを刈り入れよ。新しい土地を耕せ。主を求める時が来た。ついに主が訪れて、恵みの雨を注いで下さるように」と語られました。神様は諸国の民の中から、特にイスラエルを選ばれたように、私達も多くの民の中から、キリスト者として召し出されました。なにゆえに私達が、キリスト者として召し出されたのか、その理由は分かりません。私達のうちに何かがあったのではなく、ただ「恵み」としか言いようがありません。恵みによってキリスト者として召し出された私達には、イスラエルと同じように、神様から使命が与えられています。新しい土地を開墾し、義の種を蒔き続け、与えられた愛の実りを刈り入れることです。それは同時に、自分自身の信仰の感性を養うこと、養っていただくことでもあります。「主を求める時が来た。ついに主が訪れて、恵みの雨を注いで下さるように」と記されているように、神様を求め続けることによって、私達の魂を神様が開いて下さいます。もちろん、最初に声をかけて下さるのは神様です。けれども神様を知った、洗礼を受けた、それで私達の信仰生活は完成するのでもなければ、終わるのでもありません。むしろ洗礼は信仰生活の始まりであり、私達は与えられた地上の日々、神様を求めながら信仰生活を続けるのです。神様によって、地上の命を取られる日まで、神様を求める生活が続きます。いや、神様に信頼して、地上の日々を送る生活が、私達には与えられているのです。自らの魂を耕す、それは悔い改めの日々です。私達は絶えず、神様に訪れていただいて、恵みの雨を注いでいただかなければ、自分中心になり、神様に立ち帰る信仰を失ってしまうのです。
パウロはコリントの信徒への手紙二9章10節で「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させて下さいます」と述べています。この「あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させて下さいます」という箇所は、口語訳聖書では「あなたがたの義の実を増して下さるのである」と訳されています。パウロが「義」という言葉を語る時、それは「信仰により神様から与えられる義」を意味しています。神様がイスラエルに、義の種を蒔き続けることを命じられたように、新しいイスラエルである私達、主の教会も義の種を蒔き続けることを命じられています。そして、義の種を蒔き続けるように命じられている神様は、私達に種を与え、パンを糧として与えて下さる御方です。私達の日々の生活を覚え、必要なものを与えて下さる御方です。そのように配慮に満ちた神様が「義の種を蒔き続けよ。愛の実りを刈り入れよ。新しい土地を耕し続けよ」と命じておられます。私達の前には、そのような神様に従い続ける道が開かれています。古いイスラエルは、神様の御命令に従い続けることができませんでした。しかし、私達は、神様の御独り子イエス様から、恵みと力をいただいています。主イエス・キリストの十字架の血潮によって立てられた、新しい契約の相手方として召し出されています。瀬戸キリスト教会は、主イエス・キリストを信じる群れとして、この地に立てられ、主イエス・キリストの証人として世に遣わされています。私達は、神様の御業に信頼を置き、神様の恵みに感謝すると共に、神様の招きに素直に応える道を、神様によって整えていただきましょう。そして、私達自身の信仰を日々、養っていただくと共に、新しい土地、委ねられた土地に義の種を誠実に蒔き続け、愛の実りを刈り入れる喜びに、共に与らせていただきましょう。

07/04/22 律法に対して死んだ者 T

律法に対して死んだ者
2007/04/22
ローマの信徒への手紙7:1~6
 厚労省が世論に後押しされて終末期医療のガイドラインを作成しました。富山県射水市民病院の外科医が末期患者の人工呼吸器を独断で外したとして告発されました。家族の同意の上での決断でしたが、殺人容疑で捜査されているからです。
 (1)患者と医療機関の合意内容を文書にする(2)患者本人の意思が推定できない場合は家族と話し合い、患者にとっての最善策をとる(3)方針が決まらないときは複数の専門職による委員会を別途設立して助言するの三点です。
 日本尊厳死協会の尊厳死の宣言書(リビングウィル)では(1)延命措置の拒否(2)苦痛緩和措置の依頼(3)生命維持装置の使用停止の三点を求めていますが、誰が死期の診断、植物状態の認定をするかが明らかにされていません。
 現在の法体系では例えリビングウイルがあったにしても主治医は刑事告発をされかねません。トラブルを避けるためにはリビングウイルを無視しても生命維持装置を使用し続けるしかありませんが、それに対する批判が出てきているのです。
 人には人間としての尊厳を保ちながら死ぬ権利があるはずですが、日本では患者を一分一秒でも生かし続けるのが医者の義務だと考えられています。生命維持装置により生かし続けられるのを望まない人もいますが現状では認めらません。
 今回のガイドラインでもリビングウイルが認められる保障はありません。リビングウイルが倫理委員会に提出され、尊厳死が認められたのにも拘わらず院長が拒否した例もあります。医者が尊厳死を実行するのには高いリスクが伴います。
 良心的な医師は刑事告発をされるのを覚悟の上で尊厳死をさせているのです。病院には延命治療は医療費を稼ぐ打ち出の小槌でしょうし、刑事告発のリスクを冒すのは馬鹿げたことでしょうが、患者の意志を尊重する医師もいるのです。
 終末期医療が問題にされる背景には病院でしか最期を迎えられない現状があります。患者は家庭で最期を迎えることを望みますが、日本では許されない贅沢なのです。家庭医制度が崩壊した日本では在宅医療は望めなくなったからです。
 不必要な終末医療がなされている背景には日本の皆保険制度があります。医療費が自己負担ならば終末医療を拒否し、家庭で最期を迎える人が増えるでしょう。老人医療費の増大の一因には終末医療に掛かる医療経費の増大が考えられます。
 時代は不必要な医療、終末医療に掛ける膨大な保健医療費を現役世代に回すべき転換期に差し掛かっています。老人の多くは元気な老後を送り、人間らしく死ぬことを望んでいるからです。認知症は現代科学が生んだ文明病だからです。
 死はキリスト教徒には神の国への乗換駅に過ぎず、仏教徒には此岸から彼岸へと移るだけに過ぎません。非宗教、無宗教の人には肉体の死にすぎません。いずれにしろ人は必ず死ぬのですから、その人らしい死を迎える権利があります。
 医学の進歩は延命技技術を進化させました。それを活用する権利もありますが、拒否する権利もあるはずです。医学の進歩に生命倫理は対応できていません。医療技術は進歩しましたが、生命倫理は未成熟ですから議論の積み重ねが必要です。
 パウロは文字に従う古い生き方、律法に従う生き方から洗礼を受け、聖霊に満たされた時から”霊”に従う新しい生き方へ変えられたことを結婚を比喩に用いて説明しています。パウロは律法を知っているユダヤ人キリスト者、改宗者に向かい、律法は人が生きている間だけ人を支配することを明らかにしています。
 結婚した女性は夫が生きている間は律法により夫に縛られていますが、夫が死ねば夫から解放されます。律法によれば妻が他の男と姦通すれば姦淫の罪により石打の刑にされますが、夫が死ねば他の男と一緒になることは自由だからです。
 キリスト者は洗礼を受る時に水に浸されました。その時に肉体は一度死んだのですから、律法に対しても死んだ者とされたのです。水から浮かび上がった時に聖霊に満たされて生まれ変わったのですから、死者の中から復活された方のものとされたのです。神に対して実を結ぶようになるために生まれ変わったのです。
 私たちが肉に従って生きている間は罪へ誘う欲情が五体の中に働き、死に至る実を結んでいるからです。パウロは人の中に罪の誘惑に応じるものが存在していることを理解していました。もし人間の中に罪に応じるものがなければ人間は罪の攻撃に対しても無害ですが、人間の中には罪のために橋頭堡を提供してしまうものが存在するからです。律法が人間の情欲を揺り動かすから罪に陥るのです。
 アダムが禁断の木の実を食べたのは神から食べることを禁じられていたからです。アダムは神に禁じられているがゆえに善悪を知る木になる木の実を食べてみたいという欲情に駆られたのです。アダムは神のように善悪を知りたいという欲情に目覚めたのです。エバはアダムを唆かしたにすぎないのです。人間は律法により情欲に目覚めるのです。律法には情欲を解放させてしまう働きがあるのです。
 私たちが肉の支配の下に生きてきた時代には情欲に支配されるしかありませんでした。律法に従えば有罪と判定されるしかなかったのですが、律法に対して既に死んだ現在はキリストの支配の下に移されています。私たちは律法の縄目から解放され、復活の主により新しい生き方に変えられたがゆえに無罪とされるのです。古い律法の世界は過ぎ去り、新しい世界、愛と恵みの世界が到来したのです。
 ユダヤ教、キリスト教は性的な乱れを決して赦さない宗教ですから、結婚の比喩は律法の世界と福音の世界を両断した譬えです。両者の間には質的な違いがあるからです。信仰を告白し、洗礼を受けた者は寡婦が過去の婚姻から自由になるように律法ではなく、”霊”に従う新しい生き方をすべきであると勧めています。
 新しい生き方は戒めの世界「……してはいけない」世界から愛を与える世界「……を与える」世界へと質的に変えられるのです。消極的な世界から積極的な世界へと変えられのです。律法、戒めを犯す恐怖から戦々恐々と生きる世界から主の愛を分かち合う世界、愛を与える喜びに満ち溢れた世界へと変えられるのです。
 新しい世界では人は律法の規制を受けません。人は律法に対する恐怖ではなく愛の力により行動するからです。主の愛と恵みを分かち合う世界は主の愛と恵みに応答する世界でもあります。主の新しい戒めは『精神を尽くし、心を尽くして主を愛せよ』、『自分を愛するように隣人を愛せよ』ですが、恐怖ではなく愛が支配する世界を主は求められているのです。律法による拘束では到達することができなかった神の世界を、主は愛の力により目指すことを求められているのです。
 イエス様が『不品行のゆえではなくて、自分の妻を出して他の女をめとる者は姦淫を行うのである』と言われたように、結婚は信仰生活において重要な意味を持ちました。カトリック教会では秘儀の中に加えられているくらいです。パウロが結婚をした女性を比喩に用いたのは信徒の最も身近な問題であったからです。
 パウロ自身は結婚に否定的でしたが、主が再臨なさる日を間近に考えていたからかも知れませし、情欲を嫌ったからかも知れません。しかし、結婚を否定したのではありません。情欲に溺れるよりも結婚をすることを勧めていました。寡婦にも再婚を勧めていましたが、弱い立場の寡婦の生活への配慮もありました。
 パウロの結婚した女は夫が生きている限り自由にはなれないが、夫が死ねば自由になるという比喩はかなり革新的な考え方です。レピラト婚、夫が死ねば兄弟と結婚し、子供を夫の跡継ぎにしなければならないと定められていました。寡婦には畑仕事の手伝い、落穂拾いをするしか生計を立てる手段はありませんでした。
 いずれにしろ律法には寡婦に対する配慮が定められていましたが、ユダヤ社会では寡婦は形式的な律法に縛られていました。教会では女性の地位が高まっていたのかも知れません。新しい生き方を寡婦の生き方に例えているからです。
 パウロは律法を過去の桎梏、手枷足枷に例えていますが、律法を否定しているのではありません。イエス様は福音は律法を完成するものと見なされています。パウロも律法は神聖なものだと理解していますが、現実が律法から乖離し過ぎているのです。ユダヤ人の割礼と律法に対する拘りが福音を遠ざけているからです。
 パウロは主の福音と律法が対立している世界に生きていたのです。福音を受け入れながらも福音から遠ざかる信徒が続出している世界に生きているのです。彼らの多くは福音による自由を受け入れながらも、律法に縛られた生活から抜け出せないのです。信仰を告白し、洗礼を受けて生まれ変わりながらも過去の生活、律法から解放されていないのです。だから過去の生活の主人、律法が死に絶えので、寡婦、信徒は主人、律法から解放されるたから自由であると例えたのです。
 あるいはパウロの脳裏には偽使徒、党派争いが浮かんでいたのかも知れません。人間は信仰により生まれ変わったとしても、人間の弱さをなかなか克服することはできません。むしろ信仰により自由にされたことが人間の弱さを解放してしまうかも知れないからです。人間の弱さ、原罪から解放されることは難しいのです。
 パウロに迫った諸教会のやっかい事、心配事の多くは人間の弱さが引き起こしたものでした。福音による自由を放縦と勘違いした信徒も多くいました。主の日を待ち望み、空を見上るばかりで日々の生活を疎かにした人たちもいました。信仰が信徒の教会生活を向上させるよりも退廃に向かわせたこともあったのです。
 文字に従う古い生き方は単に割礼、律法に拘る生活だけではなく、人間の弱さに起因する教会生活の乱れをも意味していると思われます。”霊”に従う新しい生き方で主に仕えるようにされるためには主との生きた交わりが必要なのです。
 パウロは人間の肉の内には悪が住み、善が住んでいない。善をなそうとする意志があってもそれを実行することができない。心では神の律法に仕えているが、肉では罪の法則に仕えていることを自覚しています。この自家撞着から解き放ってくださる御方こそ生ける主であり、私たちの内に宿っている”霊”なのです。
 私たち日本人にはパウロがなぜあれほどに律法と割礼からの自由に拘ったのかが理解できませんが、日本的慣習、宗教からの自由、天皇崇拝からの自由、あるいは近代科学からの自由に置き換えてみれば分かりやすいかもしれません。
 私たちは無意識の内に日本の土俗宗教に捉われています。特に冠婚葬祭の席上では日本の慣習に従わざるを得ませんが、信教の自由が保障されているので信仰までが否定されることはありません。天皇崇拝も強制されるわけではありません。
 しかし、近代科学に対する正確な知識を欠き、それに捉われてしまうと信仰が非科学的だと否定してしまいかねません。科学が理解している世界は信仰の世界とは異次元な世界です。19世紀のある物理学者はニュートン力学により宇宙の真理が解明されたと信じ込んでいましたが、相対性理論、量子力学、ビッグバーンがその常識を覆しました。人間の常識が通用しない世界が存在するのです。
 信仰の世界を科学的に証明しようとする試みがなされてきました。例えば理神論は過去の遺物です。アメリカでは宇宙創造、生物進化を新たな視点で見直す運動が起きいますが、創世記の焼き直しと批判する人もいます。いずれにしろ人間には宗教が必要なのは事実ですが、日本のように非宗教の民族は例外のようです。
 パウロの生きていたローマ世界は多民族、多宗教、多文化国家でした。キリスト教もローマの秩序を犯さない限り自由でした。教会を迫害したのはローマ帝国ではなくユダヤ人でした。律法と割礼に拘る頑迷なユダヤ人が教会の迫害者でした。律法と割礼からの自由は教会を立て続けるための合い言葉になりましたが、ローマ人にはキリスト教は無数の神様に新たらしい神様が加わっただけでした。
 パウロの宣教は異邦人に向けられましたが、ユダヤ教の影響を色濃く残す人たちが教会に加わりました。さらに異邦人キリスト者にはエルサレム教会が本山という意識があったようです。パウロは教会員の意識改革に取り組んだのです。
 私たちにも意識改革が必要なようです。日本人の常識から自由になる必要もあるからです。教会はアジアの片隅のパレスチナ地方から全世界に拡がりました。主の福音は一つでも教会のある地方の常識を反映した地域バーションがあるのです。例えばクリスマスはゲルマン人の冬至を祝う祭りが反映したものだからです。
 日本人には福音の日本人バーションがあっても良いのかもしれませんが、『イエスは主である』は福音の真理ですから変えられません。日本の風土、宗教、教育などは教会生活に影響を及ぼしますが、越えてはいけない一線があるはずです。
 私たちの教会生活は社会から隔離されたものではありません。福音宣教は社会生活を営む中でしかできないないからです。修道院の中の生活は個人の信仰にはよいかもしれませんが、教会の信仰としては相応しくありません。教会は社会から遊離してはいけないからです。伝道の基本は正しい教会生活にあるからです。福音伝道は信仰と社会常識との相互作用、緊張関係から生まれるものだからです。
 私たちは教条主義、原理主義に陥ってはなりませんし、修正主義に陥ってもならないのです。信仰者としての常識を働かせることが肝要なのです。信仰生活の原理は一つですが信仰生活は応用問題だからです。教会生活の中で応用問題を解く能力を高めなくてはならないのです。一人で問題を抱え込むではなく皆で考えれば自ずから道が開けます。教会員は家族であり、教会は信仰共同体だからです。

07/04/15 義の奴隷 T

義の奴隷
2007/04/15
ローマの信徒への手紙6:15~23
 現代医学の進歩により人の生と死とを定義し直す必要を生じてきました。代理出産、体外受精、離婚後の出生届の300日間制限などは議論を巻き起こしています。尊厳死を願う人も多くいます。ヒューマニズムでは解決しきれない問題です。
 現代社会は生命の尊厳を最優先にしますが、生物学的な生と死と社会的な生と死とが乖離してきたからです。生物学的な生命の誕生は卵子が受精した時から始まりますが、受精卵を胎児にまで成長させる過程が複雑になってきました。
 体外受精は卵子を摘出し、精子を受精させるのですが、受精卵の選別が可能になりました。受精卵は母親以外の子宮に戻しても胎児にまで育てることが可能です。これらを組み合わせれば遺伝母が代理母の子宮を借りることもできます。
 代理母には具体的な支障が出ています。子供の親権を巡る争いが起きる場合もあります。代理母が子供を手放さない場合、遺伝母が子供を受け取らない場合が既に起きています。アメリカでは法廷で親権が争われるケースもあるようです。
 代理母に与えるリスク、報酬が不透明になりやすいことにも問題があります。単なるボランティアであっても1年近く胎児を子宮内で育てるのですからそれに見合う謝礼が必要でしょう。いずれにしても綺麗事ではすまされないでしょう。
 既に精子、卵子バンクができているようですし、代理母紹介がビジネスになりかねません。日本では血液の売買は禁じられていますし、親族以外からの生体臓器の提供も禁じられています。代理母も子宮の提供であり問題を感じます。
 一方、医療技術の発達によりを肉体の死を遅らせたり、肉体だけを生かさせたりできるようになりました。体がチューブだらけのスパゲッティ症候群、肉体を生かすだけならば無制限に生かせられますが、尊厳死を求める人も多いのです。
 医療技術の発達は人間の生物学的側面を忘れさせています。生と死は生物にとって重要な意味があるからです。生物の基本である生殖に人間が介入すれば予期しない結果がもたらされます。生物としての調整機能が失われかねないからです。
 理論的には一人の遺伝母から代理母を使えば無制限に近い子供を得ることができます。ナチスドイツにこの技術があれば優生学的に選ばれた子供、遺伝母、父は優秀なドイツ人、代理母は健康なユダヤ人の組み合わせが考えられたでしょう。
 遺伝子を選択する手段としても生殖技術は発展しています。体外受精させた卵子の遺伝子診断技術は先ず劣性の遺伝子を排除する方向に進み、その後優性遺伝子を保存する方向に発展するでしょうが、人為的な遺伝子選択は危険です。
 人間社会を構成するのは生物である人間ですから、遺伝子の多様性を犠牲にして人為的な選択を可能にする技術は人類を滅亡に導きかねません。科学は科学の論理のみで一方的に発展し、人間の倫理の発展の遅れが最近目立っています。
 人が生命に介入することは神の領域を侵すことになるのです。生命は神が与え、取りたもうからです。生命科学の進歩は天まで届く塔、バベルの塔を造ろうとしているのです。現代文明が破綻を来す兆候が既に現れているように思えます。
 パウロは『律法の下ではなく恵みの下にいるのだから罪を犯して良い』という屁理屈を『決してそうではない』と強く否定しています。パウロは奴隷を例えとして用いていますが、奴隷の主人はただ一人だからです。罪に仕える奴隷ならば死に至りますが、神に仕える奴隷ならば義に至るのです。あなた方はこのどちらか一方の世界にしか属せないのです。神と罪とに兼ね仕えることができないからですが、あなた方は既に罪の世界から解放されて義に仕えるようになったのです。洗礼を受け、罪の支配する世界に決別し、神の支配する世界に移住したからです。
 かつてあなた方が罪の世界に生きていた時には五体の汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていました。罪の奴隷であった時には義に対しては自由の身でしたが、どんな実りがあったでしょうか。神に特別に選ばれた民として割礼を誇り、形式的な律法に縛られていた生活は、むしろあなた方を唯一の神、ヤーゥエの御心から離し、意味のない傲慢に導き、不安に陥れたのではないですか。
 律法は罪の自覚を生じさせましたが救いへの道を示せませんでした。人間はいかに努力しても律法を守りきれないからです。律法の世界では人間は常に有罪と宣告され続けるからです。律法の世界では無罪とされることはありえません。ですから人間は人間の都合に合わせて神の律法を人間の律法に改竄したのです。
 律法学者達は神の律法、モーセ五書から様々な細則、ミシュナを造り上げました。十戒で定められた戒め、安息日を聖別せよ、父母を敬え、殺してはならない、姦淫してはならない、盗んではならない、偽証してはならない、貪ってはならないを人間的に解釈しました。律法の基本である『自分を愛するように隣人を愛せよ』から逸脱した戒めを定めました。律法学者は律法を貪りに利用したのです。
 律法は神の戒めから人間の戒めに変化してきました。神に選ばれた民の信仰生活を豊かにするための律法が民の生活を縛る桎梏、手かせ足かせとなってきたのです。律法に縛られた生活は人を罪に定める生活です。律法には罪を指摘し、有罪の判決を下す機能しかありませんから、行き着くところは死に他なりません。
 しかし、あなた方はキリストの十字架での死と甦りを信じたのですから、既に罪から解放されているのです。あなた方は信仰を告白し、洗礼を受けた時に罪の奴隷、律法の奴隷から義の奴隷、神の奴隷へと変えられたのです。あなた方の主人は律法から神に変えられたのですから、聖なる生活の実が結ばれてきています。
 あなた方は律法の世界から恵みの世界へ移されたのですから、死に行き着く世界から永遠の命に連なる世界へ移されたのです。罪が支払う報酬は死だからですが、神の与える賜物は私たちの主キリスト・イエスによる永遠の命だからです。
 パウロは人間には死で終わる世界で生きるか、永遠の命に連なる世界で生きるかどちらかであると考えています。二者択一を迫っているのです。イエス様は神と富とに兼ね仕えることはできないと言われましたが、パウロは神と律法、ユダヤ人が拘った形式的な律法とに兼ね仕えることはできないと主張しているのです。その一方、例え異邦人でも神の律法を守る者は神に選ばれた民なのです。
 律法は主の十字架により成就したのです。行いではなく恵みにより律法は全うされるのです。旧約聖書が預言したメシア、救い主はイエス様だからです。主の十字架により、死が支配する世界から永遠の命に連なる世界へと移されたのです。
 人間は神の奴隷になるか、罪の奴隷になるかを選ばなくてはなりません。人間に求められるのは信仰を告白し洗礼を受けることだけですが、総ては神の恵みによりなされるのです。行いの法則ではなく恵みの法則に則ってなされる神の秘儀です。「救われるために何もしなくても良い」のですが、救われた者にはそれに相応しい生活があります。恵みの世界が強調されていますが、義の実を結ばせることも求められているのです。律法は「……をしてはならない」世界、消極的な世界でしたが、聖化は「……をする」世界、積極的な世界です。主の恵みにより義とされた者がそれに相応しい生活を送り、人格を完成させていく世界なのです。
 主の愛と恵みは主から一方的に与えられますが、人間には与えられた愛と恵みに応答する義務が生じます。自由の恩恵の教理は「主の恩恵が無限であるのならば、人間の罪は有限であるから、人間は罪に捉われる必要はない。だから好きなようにしても良いのだ。結局はみんな同じだ」という屁理屈を成り立たせますが、パウロは明確に否定しています。良い実を結ばない木は切り倒されるからです。
 プロテスタントには聖化を重んじる気風が強いのです。ギリシア人は労働を奴隷のする仕事だと軽んじましたし、中世の貴族や聖職者も労働を軽んじました。信仰覚醒運動は先ず托鉢から始まり、修道院を造り、労働と祈りに一生を献げ尽くしたのです。宗教改革が労働に目覚めさせ、資本主義への道を開いたのです。
 アメリカは約束の地でした。ヨーロッパから信仰の自由を求めて移住して来たた開拓者は、主に選ばれた者として新天地の開拓を続けたのです。神の民イスラエルが出エジプトの旅を終えて約束の地カナンへ上ったように彼らは大西洋を越えてアメリカへ移住してきたのです。開拓は主に選ばれた者としての使命でした。
 アメリカへの移住はハイリスク、ハイリターンの世界でしたが、信仰が彼らをアメリカへ導いたのです。開拓者は神に選ばれた者として神の国を地上に造ろうとしたのです。神に選ばれた者に相応しい社会を造ろうとしたのです。開拓者は新天地を求めて移住し続けたのです。開拓者魂は信仰に裏付けされていたのです。
 自由主義、民主主義の根本にある自由、平等、基本的人権は信仰に立脚した概念です。創世記に『神は御自分にかたどって人を創造された』と記されているように、人間は神と同じく思考力を持ち、自由意志を持つ存在だからです。そして人間は主の十字架により罪を贖われた存在だからです。主が『自分を愛するように隣人を愛せよ』と言われたようにお互いに愛し合わなくてはならないからです。パウロは私たちは神の神殿であり、聖霊が宿る神殿であると表現しいくらいです。
 隣人と自分を同列に置く視点は古代の氏族・奴隷制社会、中世の封建社会から近代の市民社会へと人類を導き出しました。プロテスタント神学が身分制度が残る社会から基本的人権が守られる社会へ進化させる力となりました。パウロが上に立つ権威に従うべきだと述べているのは奴隷制社会に生きていたからです。
 パウロが教会の外の世界に興味を示さないのは主が再臨なされ日が近いと考えていたからですが、宗教革命以降、信仰は社会を変革する力を持ち始めました。神の国を地上に実現しようしたからです。自由、平等、博愛を求めて市民革命が起き、反革命も起きましたが、自由主義、民主主義が国際標準になりました。民主主義は最善の政治体系ではありませんが、誤りの起き難い政治体系だからです。
 キリスト者には死が総ての終わりを意味していません。死の向こうにある世界、神の国を仰ぎ見ているからです。私たちの地上での歩みは肉体が死を迎えるまで続きますが、死は終着点ではありません。神の国へ移されるための乗換駅です。
 死が終わりならば、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』となってしまうかもしれませんが、永遠の生命を信じているキリスト者には主に選ばれた人間に相応しい聖なる生活を送る義務があるのです。
 信仰は救われるための必要条件ですが、聖なる生活は救われるための十分条件です。信仰は主から一方的に与えられる恵み、賜物ですが、聖なる生活は人間の主の愛と恵みに対する応答です。信仰の世界では恵みと応答がワンセットなのですが、ユダヤ社会では信仰と行いがいつの間にか後先になってしまいました。割礼と律法が救いの必要条件となり、義とされることが十分条件になったのです。
 私たちは自分自身の生活を省みれば聖なる生活とほど遠いと思うかも知れませんが、主が求められるのは修道院のような生活ではありません。一言で言えば人生の目標を主の日に置きながら、希望を失わず、日々主に感謝して生活することではないでしょうか。自分を愛するように隣人を愛することではないでしょうか。
 人生の目標を高く掲げる人もいれば低く抑える人もいますが、主が求められるのは主から与えられた賜物を主のために使うことです。主から与えられた賜物は人間の能力、才能とは違います。能力、才能は人間の評価であり、賜物は主の評価だからです。できないことも賜物なのです。例えば障害も賜物であるからです。
 信仰の世界は前進するか後退するかのどちらかです。視線を主に向けようとしているのか、いないかのどちらかだからです。もちろん主を見失い、道を踏み外すこともありますが、主を求める姿勢が崩れなければ本道に戻ることができます。危険なのは頂上を極めたと錯覚することです。信仰の世界に頂上はないからです。
 聖化は主に倣う道だといえるかもしれません。人間は主と並ぶことなどできませんが、聖くなる、完全を目指して永遠に続く道のりひたすら歩み続けることに意味があるのです。歩んた距離ではなく、努力し続けたことに意味があるのです。
 主は成果ではなく努力を評価されます。主はどんなに小さなことにも忠実であろうと努力することを喜ばれるのです。主の評価は絶対評価であり、相対評価ではないからです。むしろ小さなことに忠実であることの方を好まれるのです。
 瀬戸キリスト教会は開設10周年を迎えます。教会の10年の歩みを10年間でこれだけのことしかできなかったと評価する人もあるかもしれませんし、10年でこれだけのことを成し遂げたと評価する人もあるかもしれませんが、教会のなかった高知市南部に教会を建て続けたことを主は喜ばれていると信じています。
 伝道所開設10周年記念事業として会堂に講壇を増築しようとしていますが、Ⅱ種教会設立のためには必要な事業です。現在の教会の実力に見合う事業だと思いますが、無理をしないことが肝要です。主が求められるのは身の丈にあった奉仕です。奉仕が負担になり、教会生活に支障が来されれば本末転倒だからです。
 10年後の幻には、Ⅱ種教会が設立されており、新会堂建設が20周年記念事業になっている姿が浮かんでいます。10年の歩みを思い起こせば焦る必要はありません。マイペースで今まで通りに歩み続ければ主は幻を実現させてくれます。

07/04/08 イースター説教 復活の証人として M      

2007年4月8日 瀬戸キリスト教会イースター礼拝
復活の証人として     Ⅰコリント書15章12-19節
讃美歌 151,154,158
堀眞知子牧師
イースターおめでとうございます。主イエス・キリストの復活の喜びに、共に与れますことを感謝いたします。「キリスト教は、主イエス・キリストの復活から始まった」と言っても良いでしょう。もちろん神様の御計画、罪に陥った人間を救うという御計画は、アダムとエバが罪を犯した時から始まりました。またアブラハム契約、シナイ契約、ダビデ契約と、救いの契約が結ばれ、神様の救いの御業が明らかにされました。そして人間の目に、はっきりと見えることとして、神様は御独り子イエス様を地上に遣わされ、長くて3年、短くて1年半と言われている、イエス様の伝道生活がありました。弟子達に語られた御言葉と約束があり、御言葉に基づいた3日前の十字架のできごともありました。そういう長い歴史と、2000年前のユダヤの人々が目にした、あるいは耳にした事実はありましたが、12弟子を初めとして、人間はイエス様の語られる御言葉から、まことの救いと、まことの救い主の姿を悟ることができませんでした。主イエスが復活されたことによって、弟子達は初めて、十字架の意味とまことの救いと、まことの救い主の姿を知らされ、同時に「イエスは主なり」という信仰告白へと導かれました。ところで、現代に生きる多くの人々が、キリスト教に対して疑問を持つのは、処女懐胎と復活です。そして復活については、死者が復活するはずはない、だからイエス・キリストが復活したというのは信じられない。これが、現代の一般的な論理でしょう。ところが、初代教会の人々にとって、主イエス・キリストの復活は動かしがたい事実でした。主イエス・キリストの復活は動かしがたい事実であるにもかかわらず、死者の復活については意見が分かれていたのです。
パウロは、コリント教会の人々へ問い掛けます。「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」パウロが宣べ伝えてきた福音、それは「キリストは死者の中から復活した」という恵みでした。十字架の死によって人間の罪を贖い、死に打ち勝って復活された主イエス・キリストによって、罪と死からの解放が明らかになりました。ナザレのイエスはキリストである、という福音が明らかにされました。福音の中心は、主イエス・キリストの死と復活であることは、初代教会において認められていた事実でした。ところが「キリストは死者の中から復活した」という福音を信じているにもかかわらず、コリント教会の一部の人々は「死者の復活などない」と主張していました。つまり「確かに主キリストは復活された。しかし私達人間には復活などない」と彼らは主張していたのです。主キリストの復活は事実として信じても、死者の復活を信じることができませんでした。主暦50年頃に記されたテサロニケ信徒への手紙一4章には、終末との関係において、すでに眠りについた人々への心配が記されています。初代教会において、主の再臨は近い将来のことでした。ですから主の再臨を待たずして、眠りについた人々はどうなるのか、ということが心配でした。それに対してパウロは「神は、イエスを信じて眠りについた人達をも、イエスと一緒に導き出して下さいます」と述べています。それから約5年後のコリント教会においては、死者の復活そのものが問題になっていました。死者の復活を否定する人々に、パウロは「どういうわけですか」と、その根拠を問い質します。パウロにとって、主キリストの復活とキリスト者の復活は、分けて考えることのできないものであり、両者は福音において表裏一体でした。主キリストの復活の結果として、キリスト者の復活が約束されています。ですからパウロは語ります。「死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです」「死者の復活などない」と主張している人々に「死者が復活しないのなら、あなたがたが信じている、当然のこととしている、主キリストの復活もない」とパウロは断言しています。
さらにパウロは「そして、キリストが復活しなかったのなら、私達の宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」と断言します。パウロが「私達の宣教」と語っているのは3-4節に記されているように「キリストが、聖書に書いてあるとおり私達の罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり3日目に復活したこと」という福音です。使徒は主キリストの復活の目撃者であり、証人です。主キリストの復活を否定するならば、使徒の宣教は実質を伴わないもの、根拠のないものとなります。実質を伴わないもの、根拠のないものであれば、使徒の宣べ伝えられた福音に立つ、コリント教会の信仰そのものも実質を伴わないもの、根拠のないものとなります。8節に「そして最後に、月足らずで生まれたような私にも現れました」と記されているように、パウロ自身が、主キリストの復活の証人でした。イエス様が十字架にかかられて、3日目に復活された。これがパウロにとってすべてでした。パウロは、動くことのない根拠として主キリストの復活を述べ、主キリストの復活に基づいて、死者の復活について語ります。パウロは主キリストの復活の証人として、死者の復活について確信を語ります。それは同時に、主キリストの復活についての確信を語ることです。死者の復活を否定したら、主キリストの復活も否定されることになります。主キリストの復活が否定されれば、信仰生活はすべてむなしいものとなります。主キリストの復活は、イエス様の十字架の死と同じように、神様の御業であって動かすことはできません。
そして、主キリストの復活が否定されるなら、使徒は「神の偽証人」と見なされることになります。パウロは「私達は神の偽証人とさえ見なされます」と述べています。この言葉も、ともすれば何気なく読んでしまいますが、単なる偽証人ではありません。「神の偽証人」なのです。神様の存在は当然の前提とされた上で、人間に対して嘘をついたというのではなく、神様に対して偽証人となる、とパウロは述べています。その理由として「なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証をしたことになるからです」とパウロは語ります。使徒はキリストの死と復活の事実に立って、福音を宣べ伝えてきました。もし死者の復活が否定されるなら、神様が復活させなかった主キリストを、神様が復活させたと証言していることになります。神様に逆らって主キリストの復活の証人として、宣教の業を続けてきたことになり、使徒は「神の偽証人」とならざるを得ません。逆に人々が「死者の復活などない」と嘲笑っても、神様が支持して下さるなら、伝道はむなしいものではありません。
パウロは16節で13節と同じ内容を繰り返します。「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです」死者の復活を否定するなら、コリント教会の信仰はむなしいものであり、希望を持つことができません。パウロは語ります。「そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります」主キリストが復活されなかったなら、使徒の宣教はむなしいものとなり、それに立つコリント教会の人々の信仰もむなしいものとなり、実を結ぶことなく、罪の中にとどまり続けていることになります。イエス様は私達の罪の贖いのために死なれたと同時に、罪に打ち勝って復活されたからこそ、私達は罪から解放されたのです。主キリストが復活されなかったら、福音に私達を救う力はありません。私達は罪の中をさまよい続けなければなりません。神様との和解はなく、神様との契約関係の中に生きることはできません。
主キリストが復活されなかったとしたら「キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまった」ことになります。主キリストを信じて、地上の旅路を終えたキリスト者が、コリント教会にもいました。彼らは主キリストの御復活と、自分の復活を信じて眠りにつきました。けれども主キリストの復活が否定されるなら、彼らは死の瞬間に滅んでしまったことになります。そうするとキリスト者は、死後に対して何の望みも持つことができません。主キリストの復活がなければ、十字架は無意味なものとなり、罪の赦しはありません。主キリストを信じて眠りについた人々は、救いを得ることがなく、滅び去るだけになります。罪は死と結び付いています。罪に打ち勝つことがなければ、死の支配から逃れることはできません。主キリストの十字架と復活を通して、神様は罪と死を滅ぼされました。死に打ち勝つ信仰は、罪に打ち勝つ信仰です。主キリストにあって眠った人々は、主キリストの復活を信じ、それゆえに、自らの復活をも保証されたのです。主キリストの復活は、人間の復活のために、それを目指してなされた神様の御業です。
ローマの信徒への手紙10章において、パウロは「口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです」と述べています。人間の復活を信じなければ、主キリストの復活を否定することになり、それは主キリストを信じないことになり、その人には救いがありません。イエス様は私達の身代わりとして十字架の上で死なれ、それによって私達の罪は贖われました。けれどもイエス様の死も、復活という事実がなければ、その目的を果たすことができません。罪人を救うのはイエス様の教えではなく、復活の主キリストの力です。私達の救いは、主キリストの復活にかかっています。主キリストの復活がなければ、私達の救いはあり得ないし、教会もキリスト教も成り立ちません。さらにパウロは「この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、私達はすべての人の中で最も惨めな者です」と述べています。主キリストの十字架の死による罪の贖い、復活が語られたとしても、主キリストの復活にキリスト者が与れないとしたら、主キリストに対する望みは、この世だけのものであり、死後に希望が持てないキリスト者は「すべての人の中で最も惨めな者です」とパウロは断言しています。
 瀬戸キリスト教会でも、すでに2名の方が眠りにつかれました。キリスト者でない者も「永眠」というふうに「眠り」という言葉を使います。けれども「永眠」という言葉は永遠の眠りを意味しますが、私達は永遠に眠り続けるのではありません。キリストを信じて眠りについた人々には、眠りから覚める時が来ます。終末の時であり、主の再臨の日です。私達が信じている復活は、不老不死とか霊魂不滅ではありません。主キリストの復活に基づく、死者の復活です。主キリストが肉体をもって復活されたように、私達も肉体をもって復活します。神様は主キリストを復活させられたことにより、キリスト者の復活をも約束されました。主キリストの復活は、歴史の中に現された神様の御業です。イエス様の十字架の死によって人間は罪を贖われ、復活を通して、神様は罪の中にある人間を自由にし、救われました。神様との契約の中に生きる、新しい生命を与えられました。主キリストの復活を否定するなら、信仰は全くむなしいものとなります。主キリストは死に勝利し、死を克服された御方であるがゆえに、主キリストの死は罪に対する死でもあります。そして主キリストの復活によって、キリスト者の新しい生活が開かれます。死は決して終わりではないのです。
死が終わりでないことを信じるか信じないかで、与えられた地上の生活は全く異なります。命ある者は死を免れることはできません。死は誰にも訪れます。死を免れることはできない、という事実を前にして、どのように生きるのか。ここにキリスト者とそうでない者の生き方の違いが出てきます。キリスト者でない者は、死のことなど考えずに目先のことのみで生きる、つまり人生をごまかして生きるか。または、自分だけは死なないという錯誤に陥って生きるか。あるいは、死を考えて絶望に陥るか。そういう生き方にならざるを得ません。しかし、キリスト者には死者の復活を信じて、希望をもって与えられた地上の生涯を歩む道が備えられています。希望は人間に力を与えます。主キリストの復活は私達の復活を約束するがゆえに、この世を生きる力を与えます。私達は揺らぐことのない希望を抱いて、罪から解放された喜びの中に生きることができます。死者の復活を信じることによって、信仰生活は豊かなものとなります。生きていることに、意味と目的と希望があたえられます。主キリストの復活は、勝利と喜びの訪れです。主キリストの復活は、罪と死の中にある人間を解放しました。福音の中心である罪からの救いは、主キリストの復活に根拠を持ちます。そしてキリスト者は、主キリストの復活の証人として召し出されています。
確かに私達は、ペテロを初めとする12使徒のように、生前のイエス様にお会いしたことはありません。パウロのように、復活の主イエスから使徒として召し出されたのでもありません。けれども3節に「もっとも大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、私も受けたものです」と記されているように、2000年前の使徒が目撃し、証人として伝えてきたことを、代々の教会が伝え続け、現代の日本に生きる私達に告げ知らされました。代々の教会が伝え続けてきた福音を受け取り、信じる者へと変えさせていただきました。私達は今、神様の真実の証人として召し出され、主キリストの復活の証人として立たされ、この地に遣わされています。私達がキリスト者として召された、この事実は神様の御業であり、日本の宗教的環境を考えるなら奇跡です。なにゆえに私達がキリスト者として召し出されたのか、その理由は分かりません。理由は分かりませんが、神様から与えられた、限りある地上の歩みの中で、主キリストの復活の喜びを知らされ、喜びを宣べ伝える者、証する者とされています。もちろん、私達にも世にある者として、困難や苦悩はありますが、それにまさる希望を与えられています。主の再臨の日への希望です。主の再臨の日に肉体をもって復活し、主イエス・キリストと顔と顔を合わせることができるという希望です。また同じ信仰に生き、信仰を持って眠りについた人々と、時間と空間を超えて会うことができるという希望です。私達は主の再臨の日に、パウロにもペトロにも会うことができます。名前も知らない、存在さえ知らなかった代々の聖徒達と、主にある兄弟姉妹として親しく出会うことができます。死を超える希望を与えられています。復活の希望を与えられた群れとして、主の再臨の日を望み見つつ、主の復活の証人として、伝道の使命を委ねられた、この地にあって歩ませていただきましょう。

07/04/01 主の土地にとどまる M      

2007年4月1日 瀬戸キリスト教会聖日礼拝
主の土地にとどまる     ホセア書9章1-6節
讃美歌 78,129,130
堀眞知子牧師
一昨日、瀬戸キリスト伝道所開設10周年を迎えました。十年一昔と申しますが、この10年間は長いと言えば長い、短いと言えば短いという感じがいたします。1997年3月30日、イースター礼拝を6名で守った後、午後3時半から16教会67名によって伝道所開設式が行われました。67名の出席でしたが、瀬戸キリスト教会で出席したのは、長老2名と教師2名の4名でした。現住陪餐会員は5名いましたが、3名はすでに教会から離れていて、今は別帳会員になっています。10年前、この礼拝堂はとても広く感じられました。97年度、2桁で礼拝を守ったのは4回、礼拝出席者の平均は7名でした。10年後の今、一昨年のクリスマス礼拝から2桁礼拝が続いています。現住陪餐会員は13名となり、昨年度の礼拝出席者の平均は15名でした。10年で倍以上になりました。20名以上で礼拝を守ったのが6回、この時は礼拝堂がとても狭く感じられました。10年前にはなかったもの、墓地やバリアフリー設備や聖餐卓、印刷機も与えられました。教会の周辺も、家々が建ち並ぶようになりました。このようなことを見させていただく時、10年間に神様がなされた御業の大きさに驚かされ、わずか10年でなされたことのようには考えられません。けれども振り返ってみると、10年前は昨日のことのように思い出され、あっという間のできごとであったようにも感じられます。今年度は4月1日が聖日ですので、礼拝をもって新たなる歩みを始めることになります。今日から11年目の歩みが始まります。ちょうど「棕梠の聖日」であり、受難週の始まりです。主イエス・キリストの御受難を覚え、イースターの喜びに向かって、11年目の歩みが始められますことを幸いに思います。
さて、造り主である神様を忘れたイスラエルに、ホセアは警告の言葉を語りましたが、人々はホセアの警告を無視して、豊かな収穫の喜びに溺れ切っていました。もちろん豊かな収穫は神様の恵みですから、喜び祝うこと自体が悪ではありません。問題はイスラエルの喜び祝い方が、まことなる神様への感謝ではなく、異教の神々への祭りと同じになっていたことです。ゆえにホセアは語ります。「イスラエルよ、喜び祝うな。諸国の民のように、喜び躍るな。お前は自分の神を離れて姦淫し、どこの麦打ち場においても、姦淫の報酬を慕い求めた」『万葉集』にも歌われていますが、古代の土俗的宗教において、収穫の祭りには性的行為が伴っていました。灌漑設備が不十分で、穀物の病気やいなごなどの虫の害への対策もない古代において、穀物の実りは自然任せでした。豊かな収穫は、人々に喜びをもたらしました。また子供が無事に生まれること、成人まで育つことも、古代においては決して容易なことではありませんでした。豊かな収穫と多くの子供が無事に生まれ育つことは、土俗的宗教において一致していました。イスラエルがカナンに入る前に、神様はモーセを通して「彼らの神々を尋ね求めることのないようにしなさい。あなたの神、主に対しては彼らと同じことをしてはならない」と命じられました。イスラエルは唯一なる神様の民として、異教の神々の習俗に従うことは許されていませんでした。豊かな収穫の喜びに溺れ切っているイスラエルに、ホセアは語ります。「麦打ち場も酒ぶねも、彼らを養いはしない。新しい酒を期待しても裏切られる」造り主である神様は、天地万物を創造され、自然をも支配される御方です。豊かな収穫は、神様がイスラエルに与えるものであって、それは神様とイスラエルとの契約関係に基づいていました。イスラエルが神様との契約を破り、異教の神々に仕えるなら、豊かな収穫の中に、神様の祝福はありません。たとえ豊かな収穫がもたらされても、それらはイスラエルのものとはなりません。多くの麦が収穫され、それらが麦打ち場で打たれたとしても、多くのぶどうが採れて、それらが酒ぶねを満たしたとしても、イスラエルのものにはなりません。酒ぶねに満たされたぶどうは、新しい酒になることなく腐って捨てられるか、他民族の略奪にあうか、いずれにしてもイスラエルの口には入りません。
約束の地カナンと、カナンの収穫は神様に属しています。ですから神様に背く民は、カナンから追放されます。「彼らは主の土地にとどまりえず、エフライムはエジプトに帰り、アッシリアで汚れたものを食べる」ホセアは、神様とイスラエルの間に結ばれた契約の終わりを告げ知らせています。エジプトで奴隷生活を送っていたイスラエルを、神様は救い出され、約束の地カナンへと導かれました。ホセアは「イスラエルは約束の地カナンにとどまることができない」と言いました。「エジプトに帰る」とは、奴隷状態に戻ることです。今、約束の地カナンで収穫の喜びに溺れているイスラエルは、アッシリアで捕囚の生活を送ることになっています。アッシリアで捕らわれのパン、律法において「汚れたもの」とされている食物を食べることになります。また捕囚の地は異教の地ですから、まことの神様への正しい礼拝を守ることはできません。「主にぶどう酒をささげることもできず、いけにえをささげても、受け入れられない。彼らの食べ物は偶像にささげられたパンだ。それを食べる者は皆、汚れる。彼らのパンは自分の欲望のためだ。それを主の神殿にもたらしてはならない」ぶどう酒もいけにえも、すべて汚れたものとなり、食物はイスラエルが生き延びていくためのものとなります。今、約束の地カナンで収穫の喜びに溺れているイスラエルに、ホセアは問い掛けます。「祝いの日、主の祭りの日に、お前たちはどうするつもりか」約束の地において、神様との契約を破ったイスラエルは、もはや神様の前で祝いの祭りを行うこともできません。ホセアは、イスラエルに対する神様の裁きを語ります。「見よ、彼らが滅びを逃れても、エジプトが彼らを集め、メンフィスが葬る。彼らの銀も宝物もいらくさに覆われ、天幕には茨がはびこる」たとえアッシリアの手を逃れてエジプトへ逃げたとしても、そこではアッシリア捕囚と同じ日々が待ち受けています。そしてイスラエルは、神様の裁きから免れることはできません。イスラエルはカナンの地に帰ることなく、異教の神々の地で死ぬことになります。イスラエルの財産は侵され、いらくさや茨がはびこることは、イスラエルの地が荒れ果てることを意味しています。イスラエルは主の土地にとどまることができず、約束の土地は荒れ果てるがままになるのです。
このように収穫の祭りにおいて、裁きの言葉を語るホセアに対して、イスラエルは反抗しました。時代は紀元前733年以降です。サマリア陥落まで10年ですが、北イスラエルはアッシリアの属国となり、貢ぎ物を納めることによって平和を保っていました。豊かな収穫も与えられ、イスラエルは祭りに酔いしれていました。ホセアの「裁きの日が来た。決裁の日が来た。イスラエルよ、知れ。お前の不義は甚だしく、敵意が激しい」という裁きの言葉は、イスラエルにとって耳障りなものであり、ホセアに対する憎しみを生みました。イスラエルはホセアの言葉を真似て言います。「裁きの日が来た。決裁の日が来た。イスラエルよ、知れ。お前の不義は甚だしく、敵意が激しい」そして「預言者は愚か者とされ、霊の人は狂う」と言ってホセアを嘲ります。イスラエルの嘲りに対して、ホセアは答えます。「預言者は我が神と共にあるが、エフライムは彼を待ち伏せて、その行く道のどこにも鳥を取る者の罠を仕掛け、その神の家を敵意で満たす」預言者として召された自分は、神様と共にあり、神様の御言葉を語っているにもかかわらず、イスラエルは預言者を待ち伏せて、自分を罠にかけようとしている。そして預言者が働いている地で、激しい敵意をもって迫害する。神様の御言葉に耳を傾けようとしない。逆に自分を狂った者として嘲笑う。ホセアは語ります。「ギブアの日々のように、彼らの堕落は根深く、主は彼らの不義に心を留め、その罪を裁かれる」ギブアの日々とは、士師記19-21章に記されている事件です。ベニヤミン族がレビ人の側女を辱めて殺しただけでなく、全イスラエルに敵対した事件です。その時のように、イスラエルの信仰的堕落はひどく、預言者ホセアの言葉に耳を貸そうとしません。ホセアを通して語られる神様の御言葉に耳を貸さない、逆に反抗的姿勢を取るイスラエルに対して、神様の怒りが臨み、彼らの罪は裁かれます。
神様に反抗するイスラエル。けれども、そのイスラエルを神様は御自分の民として召し出され、愛し続けてこられました。神様はイスラエルに対して、御自分の愛と、イスラエルの背信の歴史を語られます。「荒れ野でぶどうを見いだすように、私はイスラエルを見いだした。いちじくが初めてつけた実のように、お前たちの先祖を私は見た」荒れ野のぶどう、いちじくの初めての実、それらは珍しいので、とても大切に扱われます。神様はイスラエルに対して、そのように愛を注いでこられました。ところが民数記25章に記されていたように、イスラエルはペオルのバアルの祭りに加わり、異教の神々を礼拝しました。カナンの土地を与えられ、北イスラエル王国が建てられて後も、ベテルとダンに金の子牛像を造って偶像礼拝の罪を犯し、偶像礼拝の罪は、シドンの王女イゼベルなどの影響を受け、異教の神々を礼拝する罪へとつながりました。イスラエルは異教の神々を愛するにつれて、ますます恥ずべきものに身を委ねるようになり、神様にとって忌むべき者となっていきました。神様はイスラエルへの裁きを語られます。「エフライムの栄えは鳥のように飛び去る。もう出産も、妊娠も、受胎もない。たとえ、彼らが子供を育てても、私がひとり残らず奪い取る。彼らから私が離れ去るなら、なんと災いなことであろうか」神様は「緑に囲まれたティルスのように」イスラエルを特別に栄えさせてこられました。神様によって栄えていたイスラエル、けれども神様に背いた今、彼らは自分の子供達を、餌食として差し出さねばなりません。彼らから栄えは取り去られました。何よりも神様が共にいて下さらない。イスラエルの歴史において、最大の悲劇が始まろうとしています。
この最大の悲劇の始まりに対して、ホセアは執り成しの祈りをささげます。淫行の妻ゴメルを愛し続けたホセアは、神様の愛と赦しを求めて祈ります。「主よ、彼らに与えて下さい、あなたが与えようとされるものを。彼らに与えて下さい、子を産めない胎と枯れた乳房を」「子を産めない胎と枯れた乳房を」与えられることは呪いですが、神様が共にいて下さらない罰よりは、まだ軽い罰です。ホセアは自分を通して語られる神様の御言葉に聞き従わない、いや耳を傾けようとさえしないイスラエルに憤りを感じていますが、それでもイスラエルを愛しています。イスラエルが滅び去ることだけは許していただきたい、そういう願いをもってホセアは、執り成しの祈りをささげました。必死で執り成しの祈りをささげるホセア、彼に対して神様は語られます。「彼らの悪はすべてギルガルにある。まさにそこで、私は彼らを憎む。その悪行のゆえに、彼らを私の家から追い出し、私は、もはや彼らを愛さない。高官達は皆私に逆らう者だ。エフライムは撃たれた。彼らの根は枯れ、実を結ぶことはない。たとえ子を産んでも、その胎の実、愛する子を私は殺す」ペオルでバアルの祭りに加わったように、ギルガルではバアルへの礼拝がささげられていました。ゆえに神様は「ギルガルでイスラエルを憎む」と言われました。数え切れない警告にもかかわらず、神様に立ち帰ろうとしないイスラエルに対し、神様は「イスラエルを私の家から追い出す。イスラエルを愛さない」と宣言されました。ホセアはイスラエルに宣告します。「我が神は彼らを退けられる。神に聞き従わなかったからだ。彼らは諸国にさまよう者となる」このホセアの言葉は、イスラエルの未来を語っています。神様から与えられた土地にとどまりえないで、神様の土地を追われ、諸国の間に散らされていくイスラエルの未来です。
 私達もまた、神様から土地を与えられています。北はトンネル、東は浦戸湾、南は太平洋、西は仁淀川にはさまれた、この土地こそ、神様が私達に与えられた約束の地であり、嗣業の土地です。約束の地カナンに入る前に、神様はモーセを通して「主のなさった大いなる御業をすべて、あなたたちは自分の目で見てきた。あなたたちは、私が今日命じるすべての戒めを守りなさい。主があなたたちの先祖に、彼らとその子孫に与えると誓われた土地、すなわち乳と蜜の流れる土地で、あなたたちは長く生きることができる。あなたたちが川を渡って得ようとする土地は、山も谷もある土地で、天から降る雨で潤されている。それは、主が御心にかけ、年の初めから年の終わりまで、常に目を注いでおられる土地である。私が今日あなたたちに命じる戒めに、あなたたちがひたすら聞き従い、あなたたちの神、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして仕えるならば、私は、その季節季節に、あなたたちの土地に、秋の雨と春の雨を降らせる。あなたには穀物、新しいぶどう酒、オリーブ油の収穫がある。私はまた、あなたの家畜のために野に草を生えさせる。あなたは食べて満足する」と約束されました。私達にも同じ約束が与えられています。この10年の間に、神様がなされた大いなる御業をすべて、私達の目で見てきました。この土地は主の土地であり、乳と蜜の流れる土地です。ちなみに、この蜜は「なつめやし」の実を意味しています。週報にも記しましたように、イエス様がエルサレムに入られる時、大勢の群衆がなつめやしの枝を持って迎えに出て来ました。なつめやしは高さが20~30mまで成長します。そしていくつもの房を付け、1房に200個以上の実がなり、その1房の重量は10kgを越えます。1本の木の年間産出量は300kg近くになることもあります。果肉には、約60%の糖分が含まれ、まさに蜜そのものです。中近東では、なつめやしの木は財産にもなっています。乳と蜜の流れる地、それは神様が与えて下さった土地であり、豊かな実りを約束して下さっている土地です。最初に申しましたように、10年前は小さな群れでした。広い礼拝堂でした。けれども神様の約束を信じ、礼拝を重んじ、御言葉に耳を傾け、祈りをささげる中で、神様が荒れ野のぶどう、いちじくの初めての実のように、瀬戸キリスト教会を大切に扱われ、このような教会へと成長させて下さいました。伝道所開設後は、経済的自立、現住陪餐会員が2桁になること、教会設立、と段階的な幻を描き、歩ませていただきました。9年目に現住陪餐会員が2桁になりました。次は教会設立です。私達が、与えられた主の土地にとどまり続けるために、伝道の器として豊かに用いていただくために、神様の「私が今日あなたたちに命じる戒めに、ひたすら聞き従い、あなたたちの神、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くして仕えよ」という御命令に従って、この1年も歩ませていただきましょう。